「手がどうかしたの?」 手を包む感触に、ふと我に返る。どうしてその格好をしているのかわからないまま、相手と自分の手とを見比べた。 「あれェ、違った?」 言って、相手は笑う。 握手。自分の右手は中途半端に空中に伸びて、相手の右腕と繋がっていた。違ったも何も。モデストは思う、目を開けたまま寝ていたのだろう、何をしたかったのかもわからないこの格好に意味など無い。 ヒビキは手を握ったまま笑った、少し前屈みの中腰の姿勢で。モデストは咲き乱れるタンポポの上に腰を下ろしている。このまま腕をひいたら自分は立ち上がるだろうか、それともヒビキが転ぶのだろうか。妙なことを考えるな、と思いながらモデストは自分の手を見続けた。 「ねェ 夢見た? どんな夢だった? いい夢だった?」 繋いだ手を上下に振りながらヒビキ。力の抜いたままの腕はされるがままに上下に揺れる。モデストにはその動きが自分のものではないように見えて、そんな動きの玩具があったな、と口の中だけでつぶやいた。 「夢か」 ヒビキの期待の添えられた水色の瞳。なんのための期待なのかわからないが、自分が心配してもしょうがない。開いている左手で額を押さえる。 どんな夢だったか、思い出そうとする。いい夢だっただろうか。そもそも夢を見ただろうか。 「おまえは……」 口をついた言葉。その言葉でまた一瞬ひらめくようにして消えていった夢の内容。思い出そうとすると、記憶は身をかわして逃げていく。 「ずっと、俺のそばにいろ」 耳で聞く自分の言葉の意味がわからない。果たして自分のこの言葉は、夢の続きなのだろうか。記憶は、泥沼に投げ入れた石のように、泥を舞い上げ沈んでいく。もはやどんなに目をこらしたところで見えはしなかった。 「なァに言ってんの。当たり前じゃない」 沈黙は、ほとんど存在しなかった。手を繋いだまま、ヒビキが言う。 「ずっとついて行くって言ったでしょ。盗賊ってけっこう正直者なんだよォ?」 邪気の無い笑い。水色の瞳を細めて、人なつこく笑う。 盗賊が、というよりはヒビキが、だろう。モデストは相手の言葉を訂正する、口には出さなかったが。そして正直というよりは―― モデストはその手を強く握りしめた。けっして、逃がすことのないように。 |
――42.裏切り |
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