「いまいちのらないわねえ」 オウビリアスは手を腰に当てた姿勢で、憤慨した面持ちで、大げさにため息をついた。それから己の手を、握ったり開いたりしながら見下ろした。 いつもの踊り場、世界時計の前。オウビリアスは床に直に座り込んで、一階の、屋敷で一番大きな扉を見下ろしていた。今はぴたりと閉じ合わさって時間の流れを遮断している扉も、先ほどまでは人と時間を忙しく通していたのだ。滅多にない不法侵入者を退治したばかりである。 「なによう。断りもなく土足で上がり込んで」 靴を脱ぐ習慣は無いくせに、いつか覚えた言葉を使って怒る、頬をふくらませて。それにちっともかわいくなかったわ、ときっぱりと言い切る、腕組みをして。 「そうねえ、かわいかったらもう少し手加減してあげたのに」 ため息のようなものをついて、先ほど徹底的に扉の外へと投げ飛ばした侵入者を思い出した。力はのらなかったが、50ヤードは飛んでいっただろう。しばらく黙考。 「ん、問題なし」 大きく頷いた。 「オービリィ」 今日は来客の多い日だわ、と反射的に思いながらも、耳にした声音に顔がほころんだ。侵入しても全く問題なしのかわいい来客だった。 「いらっしゃい、ヒビキ」 扉を開けて姿を現した少年に手招きする。その場所も、いつもと同じ世界時計の前の踊り場だった。ヒビキと名前を呼ばれた少年は顔を上げ、屋敷の主の姿を認めて、あくびをした。 「あらあ、どうしたの?」 酷く眠そうな少年の青い頭は方々寝癖まで付いている。 「今ねェ 人が頭から川に飛び込んでね、それから木の上から悲鳴が聞こえたりしてね、なんだかうるさいから避難してきたんだ」 人が飛んできたこと自体はどうでもいいらしく、まったりとした様子でいいながら、階段を上ってくる。 「昼寝してたの?」 問いかければ目をこすり頷く少年に、わからないように苦笑する。先ほど投げ飛ばした侵入者は、たまたまヒビキの近くに落ちたようだ。扉が開いたとき繋がる通常世界はいつも同じではないから、ヒビキにとってはとんだとばっちりだっただろう。 「ねェ オービリィ」 踊り場から一つ下の段に腰掛けたオウビリアスの隣に座り込んで、ヒビキが何かを差し出してくる。 「これあげる」 青い石のついた指輪。 「これ、どこに?」 「落ちてきたんだ」 言いながら頭をさする。それから隣に座るオウビリアスの膝にぽふんと頭を預けた。すぐに静かな寝息があがる。 オウビリアスは指輪を見て、幸せそうな寝顔を見て、小さな苦笑を漏らした。 「のらないはずよねえ」 指輪を自分の指に収めて、一人つぶやく。妖精のための指輪はオウビリアスの指にぴったりと収まった。 |
――40.指輪 |
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