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「ここ、どこでしょう?」
 頭からつま先まで海水にまみれた姿でアリエッタは短い海岸の砂を踏む。衣服が体に張り付いて酷く動きづらい。隣では同じような格好でヴァンゼが深紅の髪を煩わしげにかき上げていたが、島を観察する目は鋭く輝いている。
「ラッキーね。きっと、ここがそうよ」
 スカートの端を絞りながらアリエッタも流れ着いた島へと目を向ける。眼前には常緑の緑が茂っていて視界は悪いが、林の陰に帆船のマストだろう、クロウネストと翻る黒い旗が見える。典型的な海賊船の印。
「遠泳したかいがありましたね。でも、私たちだけで大丈夫でしょうか?」
「何言っているのよアリエッタ」
 待ちますか、とアリエッタが問えば、濡れた髪をまとめピンで留めながらヴァンゼが言う。
「先生にかっこいいところを見せるチャンスじゃない」
 笑う口元を隠しもしない、彼女はやる気だった。

 名のない職人が作った名のないコイン、という名前のついた12枚一組のコイン。銀を用いて生成したと記録には残っているが、その青白い表面は明らかに銀のそれではないという。光を受けなくとも薄ぼんやりと発光する様子から、魔界に魅入られたコイン、とも言われる。本当に魔界に魅入られているかは別として、そのコインが秘めた力は結界を張るときにもっとも発揮されるようにできている。現存する魔導器の一つ。
 黒い表紙の本を読んでいて、グレンテがそのコインをほしいと言ったのはつい3日前の話だった。
「殺しちゃだめよ、アリエッタ」
 林の中を疾走しながらヴァンゼがささやく。小さな声だったがアリエッタの耳にははっきりと聞こえた。足下に茂る長い草も、のびる低い枝も巧みにかわして恐ろしい早さで前進する女と、その動きをトレースするようにして多少不器用に前進する少女。
「手加減なんてできませんよ」
 まだ。息を切らせながら半ば叫ぶ。本来手加減とは技量のある人間が行うものだ。アリエッタのように剣を習い始めたばかりのものは、手加減などできないし、手元が狂わなければ手加減する必要などなく、相手の命を奪うことなどできない。ヴァンゼがアリエッタの言葉をどう解釈したかはしらないが。
「先生たちに追いつかれる前に勝負をつけるわよ」
「はい」
 やけに弾んだ声。ウォーカーを出し抜いたことを喜んでいるだろう、アリエッタは前を走っているヴァンゼが舌なめずりをしているところを想像して、止める気力を失った。下手に止めれば自分の身が危ない。放っておいてもヴァンゼが海賊を制圧するだろう、自分は彼女の邪魔をしない、怪我をしないことだけを気にとめていればいい。アリエッタは先ほど海賊から奪った剣の柄を握りしめた。目的は、はじめからこの海賊の島にあると言われる12枚のコインだ。たった二人、海を漂流してたどり着いたのがこの島だったのなら、それは運命とも言える。やるしかない。アリエッタは乾いた唇を舌でしめらせる。不思議な高揚感に身を任せて走っていく。体軽い。アドレナリンの味がする、などというのはこういう時のことを言うのだろうと知識でしか知らないことをふと思い出して、笑った。
 だから海賊の前に身をさらして、彼らからこんなあざけりをうけても平気だった。
「こんなへんぴなところまで俺の女になりに来たのか?」
「冗談にもなんないわ、私の体は先生のものなんだから」
「ちょっと、それ私のセリフよアリエッタ」

「……で」
 あきれた様子のウォーカーがあたりを見回して言う。
「見つかったのか?」
「あ、はい。これですよ」
 一番上座の立派な椅子に行儀よく腰掛けていたアリエッタが答える。傍らに控えていた海賊の一人が精一杯恭しく、青白く光る小箱を開けて見せた。収められた12枚のコインが青白い光を放っていた。小箱を差し上げる海賊の片方の頬が内出血で青く変色し腫れ上がっているが、どうしてなのか、ウォーカーは聞く気にならなかった。
 隣に座るヴァンゼが髪の毛をちりちりに焦がした男にワインを注がせながら、ウォーカーに視線を送った。
「なんだ、この最大の功労者のヴァンゼ様にねぎらいの言葉はないのか」
 目元をほんのり朱に染めて、言うと高い声で笑う。笑い上戸。完全にできあがっている。
「だれだこいつに酒飲ませたのは」
 ひたすら渋面でウォーカー。からむヴァンゼに適当にあしらいながらコインを確認する。
 結局。海賊対魔王四天王二人の戦いは、圧倒的な力の差を見せて魔王側の勝利となった。アリエッタの剣技もそこそこだったが、やはりヴァンゼの魔法が威力絶大だった。いつもは街中であるため威力をコントロールしているが、今日は加減がいらないのをいいことに、さんざん火炎球やら真空波をぶちかまし、海賊を蹴散らしたのだ。
「見事なものですね」
 女海賊として海賊の島に君臨する二人の女性に、グレンテはのんびりと、そんな感嘆符を漏らした。
「先生、私役に立った? ほめてくれる?」
 ワイングラスで口元を覆いながら、ヴァンゼが上目遣いに尋ねる。もちろんですよ、と手放しでほめる主を見ながら、これ見よがしにため息を吐くウォーカー。ごめんなさい、痛かったでしょ、と自分が剣の平で殴った海賊に謝りながら、アリエッタはそんなウォーカーを見つけて苦笑してしまった。

――39.海賊の島 




38.勇者と魔王 目次 40.指輪


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