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 なぜだろう。
 なぜ、こんな事になってしまったのだろう。

 そういえば、いつもこんな事ばかり考えている気がする。
 熱に浮かされながらモデストはそう思いついて、鼻から息を抜くよう、少し、笑った。
 傍らで膝を抱えていたヒビキが、微かな笑い声で目を覚ます。
「あ、気分、どう?」
 ゆっくりと、目を開く。野宿することには慣れたが、最初に空が目にはいるのは、やはり気持ちのいいものではなかった。煙った、灰色の空は。
 視界の隅に本物の青い空と同じ色を見つけて、そこに視線を合わせる。ヒビキの水色の髪、と瞳だ。視線を合わせると、ヒビキはごしごしと目元をこすった。眠ってしまったのが気恥ずかしかったのだろう、かまうことはない、といっても、起きていると言って聞きはしなかった。
「ヒビキも、少し横になったほうがいい」
「大丈夫だよ。ほら、僕の方が旅に関しては先輩だよォ? モデストが心配することないの」
 最初は少し胸を張り主張して、それから安心させようと微笑する。「似合ってないな」とつぶやくと、ヒビキは首をかしげた。
「めいっぱい笑っている方が、似合ってるよ、おまえは」
 言ってやる。無邪気に、大きく笑っている方が少年にあっている。自分は、そう、もう安心しているのだから、安心させるべく微笑む必要はないのだ。かけられた外套の脇から手を出して少年の頭へとのばす。届かない。けれど意図を察した少年は少し身をかがめて頭を近づける。
 くしゃり、撫でる。
 青い青い空に触れる感覚。今はない青い空は、見ることはできないけれど。
 今触れている青は本当の色。柔らかい、暖かい、感触。
「魔王を倒したら、この雨はやむのかな」
 空色の頭を撫でながらつぶやく。魔王のせいなら、やむだろう。世界の人々の大半が、毒を含む雨は魔王のせいだと思っている。そして魔王を倒せば雨はやみ、世界の枯れは止まるのだと、信じている。
 モデストの故郷の人々も、そう信じていた。だからこそ勇者である自分を、町から追い出すようにしてまで助けたのだ。勇者という救いの妄想を、モデストという少年に押しつけて滅びた、とも言える。
「うーん、難しいことはよくわからないけど」
 首をひねって腕組みして、ヒビキはうなる。
「でも雨がやんだら、みんな喜ぶよね」
 ぱ、と、晴れやかな顔。
 そうだな。モデストは心の中で同意すると、再び目を閉じた。
 復讐しよう、魔王に。
 自分の失ったもの、自分の今の思い、すべてわからせてやろう。そして毒の無い雨を取り返す。

 モデストは沈みかけた意識でそう考える。そのときにはきっと、なぜ、などと考えずにすむだろう。自分がこうして生きる意味を。

――35.復讐 




34.契約 目次 36.しるし


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