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「だからここでやるのよ」
「アンタはお気楽でいいわねえ」
 広いから、とたった一言の理由でこの屋敷を訪れたヴァンゼに、オウビリアスは正直感心したように、言った。彼女は、彼女の仕える主の事が第一義で、そのために自分が被るどれだけの害も恐れない。限りなく不可能に近い手段も、彼女は避けたりしなかった。
「あなたに言われると、ことさら頭にくるわ」
 作業中のヴァンゼは顔を上げて、階段に腰掛けている妖精を見上げる。マゼンタ色の長い髪は邪魔にならないようにピンで高くまとめられている。オウビリアスは膝の上に頬杖をついて、のんびりとヴァンゼの作業を眺めていた。
「なによう。かわいくないわねえ」
 そう言って、頬をふくらませる。
 お互いに、不機嫌そうな顔をしている。ここに若き魔王がいたならば「女の人たちは華やかでよい」と言ったかもしれない。ウォーカーならば「犬も食わない」とあきれるか、ディベルスならば無言で読書に戻るか。
 二人の仲は見えるほど悪いわけではない。顔を合わせるたび、口を開くたびに喧嘩をしているようにも見えるが、気心の知れた、姉妹のようなものだ。言えば、本人たちは怒るだろうが。
「私はかわいいのではなくて美人なんだもの」
 ふふん、と笑う、ヴァンゼ。長い髪を後ろに払うような仕草をして。
「かわいい方がいいのよ」
「それはあなたにとって、でしょう?」
 拳を握りしめて主張する妖精に、ヴァンゼは即答する。もちろん、とオウビリアスは胸を張って答えた。
 互いに、視線をそらす。
 しかしすぐに静寂は破られた。女三人寄れば……というが二人でも十分らしい。
「でも屋敷の中でドラゴンなんか召喚して、出られるの?」
 屋敷が大きいとは言っても、出入り口は人間用だ。オウビリアスは一度、扉に視線を送って確認する。成竜が召喚されたら、試すまでもなく出られない。ヴァンゼも扉へと視線を送る。
「……やってから考えるわ」
 十分すぎるほどの沈黙の後、ヴァンゼが答える。一階のフロア一面に魔法陣を書き記したチョークをぽいと放りだして。
「そうね」
 オウビリアス、あっさりと、同意。その辺の考え方は、姉妹と言うにふさわしかった。

――34.契約 




33.牢の囚人 目次 35.復讐


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