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 祭りの最中だった。
「えェと。じゃあ、やっぱりこっちにする」
 祭りを堪能しにきたわけではない。旅途中によった街が、たまたま祭りの最中だったのだ。けれど、だからといって祭りを素通りするのも野暮というもの。モデストは街に滞在すると宣言して、仲間はそれぞれ街に繰り出した。ヒビキなどは大はしゃぎで、一軒一軒出店を覗いては歓声をあげている。先ほど意図的にはぐれたオボロは、先ほどの店にまだいるだろう。大道芸で見た箱抜けの仕掛けが気になるらしい、他のも見るとか言い出して、きりがないので置いてきた。
「でもさァ 歌姫のあれはすごかったよね」
 屋台で手に入れてきた砂糖菓子をなめながら、ヒビキが言う。
「歌姫があんなに酒豪だったなんて」
 ヒビキが言っているのは、先ほどの大酒大会のことだろう。蒸留酒をジョッキに10杯。一番に飲んだ人間が勝ち。勝ち抜き戦で、予選、準決勝、決勝、と三回行う。決勝戦に残る頃にはみんなほろ酔いを通り越して真っ赤な顔をしているものだが、そのなかでただ一人、タルヒだけは平然と、ジョッキを空け続けた。おおかたの予想を裏切って、ぶっちぎりの優勝だった。タルヒに賭けていたのはモデストとヒビキのみで、二人は小金持ちになり、現在裕福に祭りを楽しんでいる。タルヒと言えば優勝賞品の樽酒を、観客らに振る舞いつつ自分もアルコールを楽しんでいる。祭りの中でひときわにぎやかな場所になっているだろう。
「どうして酔わないんだろ。牛乳でも飲んでおいたのかなァ」
 ヒビキは気がつかないようなので、タルヒが歌でアルコールを薄めていたことは黙っておこう、と適当に相づちを打つモデストだった。余計な弁解をする余地もなく、タルヒは間違いなく酒豪である。
「ねェ もうそろそろ闘技会の時間じゃない?」
 ほら、トボシが出るとか言ってたヤツ。声をかけてきた売り子に気を取られていたら、ヒビキがモデストの肘を引っ張って告げる。売り子の勧めてきた焼き菓子に今度はヒビキが気を取られながら、それでもモデストを見上げて言った。
「正午からって言ったよね。応援するならもう行った方がいいかな」
「そう、だな」
 先ほど一時間前の鐘が鳴ったばかりだが、試合前のトボシに会うには、もう会場に向かわないと間に合わないだろう。
 なにやらたくさんの焼き菓子を買い込んで「みんなの分だよ、僕が全部食べるんじゃないからね」ほくほく顔のヒビキを促して、モデストは闘技会の会場へと足を向けた。

「なんだよ、わざわざ応援に来てくれるなんて、悪ぃな」
 何とか控え室に入り込んでしまえば、赤い髪の槍使いを見つけるのはさほど難しくなかった。控え室はいくつかあるようで、基本的にはブロックごとに分かれているらしい。結構大きな大会なんだね、と焼き菓子を食べながらヒビキがあたりを見回していた。
「トボシの槍捌き見るの久しぶりだもんなァ 絶対応援しなくちゃと思って。あ、はいこれ差し入れね」
「おまえと一緒に組まねぇからな。ま、見て勉強しろ……って、こりゃおまえの食いかけか?」

「勝者、トボシ」
 歓声を受け、トボシはまんざらでもない様子で構えていた槍を、くるりと回すと収めた。
「さすがァ 予選会では敵なしだね」
 惜しみない賞賛を送るヒビキに、当たり前だろ、といいながらもトボシも歯を見せて笑う。予選会の試合はほとんど休み時間なしだというのに、大して汗をかいた様子もない。普段から敵なし、と豪語するだけのことはある。モデストも感心していると、ふと真顔にもどってトボシが手招きしてきた。耳を貸せ、ということなのだろう。間にいたヒビキが内緒話に不満そうな顔をするが、ことさら遠ざけるように、トボシがヒビキの頭を押さえつけた。
「やつらがいる」
 モデストに告げられたのは抽象的な言葉だったが、やつ、が誰を指すのかはすぐに思い当たった。同じ闘技会に出ているとは、まったく目立ったことをしてくれる。モデストは少々渋面を作った。目に付かなければこのまま祭りを楽しめたものを。
「どうする?」
 トボシの笑みに挑戦的なものがまざる。モデストはわずかに逡巡したが、すぐに決断した。
「このままでいい。おまえが動けば、かえって目立つ」
 トボシに陽動を任せよう。向こうには格闘家の使い間がいる。以前手を合わせているからトボシを警戒するはずだ。あえて告げなくてもトボシは理解しただろう。しかし不満はあるようだ、祭りで浮かれている今がチャンス、と言いたいのだろう。自分が叩く、と。
 けれどそこまで間抜けな男ではない、あの男は。モデストは我知らず、口元に笑みを浮かべる。
 別の闘技場に目を向けると、ひときわ大きな歓声の中、少女が勝ち名乗りを受けていた。
「ひとり押さえる。大会中に当たれば、そのときは手加減しなくていい」
 そういうと、ようやく満足したようで、トボシは頷いて離れていった。本戦に備えるつもりだろう。切り替えが早いのも、あの男のいいところだ。
「……ねェ」
 今度は下から不満そうな声。ヒビキが声と同じく不満いっぱいの表情を隠しもせず、モデストを見上げている。蚊帳の外だったことがよっぽどしゃくに障ったのだろう、ぶっすりと黙ったまま口をきいてこない。
「そんな顔をするな」
 空色の頭を乱暴に撫でてやる。この少年が腕利きの盗賊などと、誰が思うものか。だが、だがらその方が都合がよい。
 そのまま身をかがめると、未だ唇をとがらせたままの少年の耳元へと口をよせる。

「……なんでもいいの?」
 作戦を聞きながら、ヒビキの表情がだんだんといつもの調子に戻っていく。おもしろがるような、楽しむ以外知らない顔に。水色の瞳が別の闘技場へと向けられる。今は予選会が終わり、どの闘技場も人の気配はない。
「ああ、任せる」
 頷いてやると、ヒビキは笑みを深くする。まるで舌なめずりでもしそうだ、猫科の大型獣の姿が重なる。
「了解」
 先ほどまでの不満の表情などかき消えて、完全に獲物を見つけた盗賊の顔だ。早速人混みに紛れようとして、一歩踏み出した足を戻した。
「成功したら、ハイビスカスキャンディ一缶ね」
 言うだけ言って、返事を待たずに消えていく。
 あの飴のどこがうまいのだろうか、モデストは一瞬眉をしかめたが、肩をすくめて自分もそこから立ち去った。ヒビキが食べ物をねだるときは、作戦は成功したのも同然だった。

――28.カーニバル 




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