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 大通りを歩きながら、グレンテはいろいろと思案する。
 懐には金貨が3枚。たった今、労働の報酬として手に入れたものだ。

「一枚翻訳して金貨3枚なら上出来でしょうね」
 服の上から金貨の入っている場所を押さえる。上出来どころではない、労働はたかだか30分程度だ。よっぽど重要な文章だったのだろう。きっと口止め料も含まれているに違いないが、グレンテは気にしていなかった。
 呪いのおかげであらゆる文字が読めるようになったことは、意外なところで役に立った。教会で、図書館で、まれにだが外交文書を作るとき、など単発の仕事をもたらした。あまりすらりと翻訳して怪しまれないように、今日も半日かけて仕事を仕上げる。その間に別の翻訳をしていることは内緒で。
 自然と口元がほころぶのはこらえようがなかった。隠す必要もない、そう開き直ってしまうと顔は完全に笑みの形に固まった。
 金貨は、この国の最小流通硬貨だ。以前は銀や銅を使うこともあったが、現在では使われていない。理由は雨のせい。毒を含む雨のせいで、銀貨と銅貨はあっという間に錆びてしまうからだ。硬貨としてというより、金属としての価値が無くなる。故に多少不便だが金貨、大金貨、白金貨、の三種類がもっぱら取り扱われる。
金の価値が依然と変わらないので金貨を小さくしたところで価値は大きい。細かい品物の取引時は紙幣か、一月分をまとめて払うなど、そこそこで工夫するしかない。
 いくら金貨を小さくしても、金は金だしな。
 グレンテは懐を再度押さえ、思う。今日の報酬はすべて小さな方の金貨。だけれど、これでも一家族5、6人として一週間は食べていける。
 魔王となって、一番困ったことは生活費だった。なにしろ使い魔を3人も作ってしまったため、単純計算しても食い扶持は4倍だ。今までのように働いていたのでは、とても暮らしていけない。いずれは、使い魔たちにも自分の食い扶持くらいは稼いでもらわなければならないが、生まれたばかりの彼らには、それ以前にできるようになってもらわなくてはならないことが山ほどある。
 そんな悩みも、懐が暖かければ吹き飛んでしまう。とりあえず、ヴァンゼが今日で生まれて一ヶ月なのでプレゼントでもしてお祝いしよう、そんなことを考える余裕さえある。
 それからしばらく切りつめていてわびしかった食事を、今日くらいは豪華に。放っておくとネズミやら魚やらをどこからともなく捕ってきて、食べている彼らを思い出して、一瞬苦笑が漏れる。一度ディベルスが、捕まえてきた小さな蛇を食べていて、ヴァンゼが激昂したことがあった。早く人の食べるものに慣らさないと、流血沙汰になりそうだ。大皿を一枚買って、それにパスタを作ろう。フォークとナイフの使い方を覚えさせなければならない。そうそう、文字を覚えるのに簡単な読み物と、ウォーカーには靴を買ってやらなければいけない。
「そうするとディベルスにも買ってやらなくてはいけないか」
 寒がりの黒猫に、マフラーを。ふむ、そうするとだいたい金貨3枚で収まるか。
 次々とほしいものを並べ、概算で計算すると、ちょうど金貨3枚になった。グレンテは満足そうに頷く。
 金貨3枚は使い切ってしまうけれど、今日はヴァンゼの記念日なのだし、いいだろう。

 大通りを歩きながら、グレンテはいろいろと思案する。
 懐には金貨が3枚。たった今、労働の報酬として手に入れたものは、すぐに消えていきそうだ。

――26.金貨3枚 




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