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「何をみてるの?」
 声をかけられても、オボロは世界時計を仰いだままだった。ゆっくりと、振り子が左右に振れる音が低く響いている。
 何を見ている、とは妙なことを問う、とオボロは思う。どう見ても自分の目の前には世界時計しかなく、それを見ているようにしか見えないはずだ。
「とんだ道化だ、と思っただけだ」
 後ろに立っていた妖精は首を傾いだだろうか。しかしオボロの予想に反して、響いたのはくすりと漏れる、ちいさな笑みの音。
「また、難しいこと考えてるのねえ」
 振り返る。聞こえたとおり、妖精は小さく笑ったようで、笑みの残る表情で振り返ったオボロに小首をかしげた。妖精はなにも言葉にはしなかったが、先を促されているような気がしてオボロは口を開く。
「もし未来が決まっているのならば」
 口を開いてから、気づく。何も言っていないのだから、黙っていてもはぐらかしてもよかったのだ。それを、馬鹿正直に。内心舌打ちしながら、それでも口は動く。
「運命を切り開いている、などという自覚を持つことは、とんだ道化だな、と」
 自分が知らないだけで、もう結果が出ているのならば。迷うことにどれだけの意味があるのだろう。こうしてものを思うことにどれだけの価値があるのだろう。
 視線の先にいる妖精は首を傾いだまま、それでもオボロの言葉を黙って聞いていた。表情を変えて話を止めることもしなかった。
「どんな生き方をしても、世界は変わらない」
 口にして、気が付く。これは、不安だ。
 なんとも説明のしようがないが、自分の心にじわりとしみ出すのは紛れもなく不安の灰色。なぜこんな事を感じるのか。新しい人形のせいか? オボロは拳を握る。空を掴んだ拳はかえって頼りなく感じられて、わずかに眉を寄せる。だれも見たことがない未来を、決まっているなどと。そんな錯覚に陥ることこそ、理解できない。
 もう少し、妖精と話せば原因がわかるのだろうか。
 話す、ということは同時に聞くことでもあり、情報を整理する速度は倍加する。オボロは口を開こうとした。けれど、言うべき言葉が見つからなかった。
 妖精の青い瞳は、ふと力を抜いてゆるんだ。
「時計の針は、勝手に進んだり、戻ったりはしないものよ」
 ただ、時を刻むだけ。同じ速度で。
 世界時計の振り子の音をバックに、妖精は言う。何度も繰り返してきた言葉を言い聞かせるように。
 たぶん、その言葉は嘘ではないだろう。オボロは思う。この妖精は、その存在をかけて世界時計を守っている。世界を崩壊させるような行為はしないだろう。たとえば一人未来から時計の針を巻き戻して、今へと戻ってくることはないだろう。
 結局知っているのは、こいつだけか。
 オボロは視線を転じて世界時計を見上げた。大きな、しかし世界を律するにしては、ちっぽけな時計だ。この時計は、すべての時間に通じているはず。
 くすり、とこぼれる笑い声に視線を戻すと、オウビリアスが口元を手で隠して笑っていた。何がおかしいのか、と世界時計と妖精を見比べると、妖精は先ほどとは反対側へと首を傾いで見せた。
「道化師はキライ?」

――24.道化師 




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