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 こんなことになるのならば。
 女は爪をかんだ。美しく塗られたマニキュアを気にすることなく。
 こんなことになるのならば、時の支配者など置くのではなかった。
 テーブルに開かれている一枚のカードに視線をやる。砂時計と羽の生えた妖精の描かれたカード。ゲームに参加するいかなるものからも攻撃されない、絶対者のカードである。やり直しがきかないように悪魔の王自身が置いたカードだが、それが裏目に出た。人間相手にゲームをして、自分が負けるはずがない。事実勝っていたのだ、つい先ほどまでは。
 まさか天使を召還するとは。
 手札は騎士が握っているが、作戦を与えているのは天使だ。形勢は未だに悪魔の王が有利、けれど、油断はならない。
 このままでは、人間の世界に干渉できなくなる。
 きり、と歯をきしらせる。
 その音に気づいたのか、天使が視線を向けてきた。
 ざまを見ろ、とでも言う気か。
 悪魔が目を細めるが、結局天使は何も言わなかった。騎士に向かって何事かをつぶやく。不思議なことに、この距離だというのに二人の話し声は全く聞こえない。目の前で行われる秘密の作戦会議から、自分を脅かすカードが繰り出される。そのことに小さな憤りを感じる。
 今頃天使が干渉したところで、戦局はかわるまい。
 悪魔は笑みを押し上げた。ゲームはすでに終盤。山札ものこりわずかになっている。この状態から自分が負けるはずがない、相手が神であっても。時の支配者がいる限り、一からやり直すこともできないのだから。
 そうだ。
 心の中で納得する。時の支配者は無駄ではない。天使の出現を無に返すことはできなくても、天使のいなかった序盤、中盤をやり直すこともできないのだ。今回は、間違いなく天使を負かすことができる。
 悪魔は小さく息をつくと、我知らずこわばらせていた肩の力を抜いた。
 あがくだけあがけばよい。
 騎士の手札を眺めながら、悪魔は天使の次の一手を待った。

――23.絶対者 




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