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「あれ? どうしたの?」
「抜けてきた」
 キッチンでデザートのケーキを用意していたアリエッタは、人の気配に後ろを振り返った。足音も立てずに姿を現したのはよりにもよってディベルス。視線を合わせないようにして、言ってくる。
「なにか足りなかった? もう、主役をこき使うなんて道理がないわね」
 主役。今日はディベルスの誕生日だ。誕生会をしたことが無いという屋敷の面々にそれがどういった物かを教えたところ、みんな大賛成で開催決定となった。ディベルスには内緒で各自が準備に奔走していた。まあ、ウォーカーがあまりに大声で話していたために、ディベルスには筒抜けだったようだが。根本的にお祭り騒ぎが好きな屋敷の面々は、主役以上に誕生会を楽しんでいるに違いない。
 それにしたって主役を使いに出すことはないのに。
 アリエッタは腕組みし、憤慨してみせる。しかしその主役といえば無言のまま椅子を引くと腰掛けただけだった。相変わらずの仏頂面……だが今のそれはどこか落ち着かないようなとまどいが見て取れた。
 憤慨しながら、別の理由に思い当たる。口にはしないだろう、けれども、なにか物をとりに出てきたわけではないのだ。
「はい、どうぞ」
 切り分けたケーキをのせた皿を、彼の前に置いてやる。チョコレートでできた「おたんじょうびおめでとう」のカードを乗せて。顔を上げたディベルスの表情は少し驚いたような怖じ気づいたような複雑なもので、普段見られない表情にアリエッタは小さく笑った。
「主役がこんなところにいたら、じきにみんなきちゃうよ?」
 少し、からかいの色を乗せて。
 アリエッタの言葉にディベルスはびくりとしてキッチンの入り口の方を振り返る。もちろん誰もいないのだが。
「いつもの尊大な態度はどこにいったのかしらね、ディベルスさん?」
 思わず吹き出し笑ってしまい、ディベルスの恨むような視線を受けながら、それでもアリエッタは自分なりの尊大な態度を作って言い返しておく。
「はい、紅茶どうぞ」
 ケーキに手をつけないディベルスの前に、紅茶のカップを置いてやる。じっと前を向いているが、背後に注意を払っているのは気配でわかる。
 彼は、お祝い事のらんちき騒ぎにも、ましてその中心に自分がいることにも慣れていないのだ。立場上、相手を祝うことはあっても、逆はない。初めての経験にとまどっているのだろう。祝われることに抵抗があるというのも、なんだかかわいそうな気もするけれど。
「それと……」
 エプロンのポケットからピンク色のリボンのかかった小さな箱を取り出す。男性へのプレゼントにピンクのリボンもないものだが、自分が気に入ったようにラッピングしてしまったのでしょうがない。
「これは私から、誕生日プレゼント」
「先ほどももらった」
 目の前に差し出された小箱に、それだけはすかさず言い返してくる。
「これは、私個人から」
 受け取らない相手の手を取ると、その掌に箱をのせる。抵抗してこないのは、とまどいの方が大きいからだろう。どうするべきか、箱を注視している。
「私たち、いつまで一緒にいられるかわからないでしょ? 先生のためには誰も命を惜しまない。先生も、きっと私たちのために命を惜しむことは無いと思う」
 お盆を抱えてアリエッタは、渡した小箱に視線を落とす。中身は、自分の育った街に古くから伝わるお守りだ。持ち主の代わりに災厄を引き受けてくれると言われている。
「でも。みんながずっと一緒にいられたら、その方がずっと……いいと思う。今更誰かが欠けて、いなくなって、救ってもらって生き残ってもきっと寂しい。だから……」
 だから、ディベルスには生きていてほしいのだ。なんとなく、一番命を粗末にしそうな彼だから、少しでも踏みとどまってくれるように。そんな願いを込めた、ちいさな贈り物。
 言い終わって息をつくと。いつの間にか顔を上げて、まっすぐにこちらを見ているディベルスに気がついて、急に頬が紅潮するのがわかる。金色の瞳は先ほどまでの動揺など見る影もなく、ただ一つの意志だけを宿して強く光っている。
「で、でもまあっ 何の足しにもならない私が一番初めにいなくなるだろうから寂しい思いはしないだろうけどねっ」
 あはは、と笑いを付け足して頭を掻く。まあもらっておいてよ、とあわてて付け足したところで、声がうわずってしまったことは隠しようもなかったが。
「そんなに大それた願いというほどでもないな」
 小箱を軽く握りしめて、ディベルスは小さく息を吐いて笑った。
「要するに、俺たちが勝てばいいわけだろう、この戦争を。問題ない。負ける気がしないからな、今は」
 小箱を放る。弧を描くそれを空中で掴み取り。尊大な口調で宣言する。それから片方眉をぴくりとさせて目を細めてアリエッタをとらえ。
「しかし、先生に命をかけさせるなど不忠なことは、たとえ話でも口にするべきではないな?」
 ワントーン声を落としての説教に、今度はアリエッタがびくりと身を縮める。
「な、なによう。さっきまであんなに小さくなってたくせに」
「それはそれ、これはこれだ」
「ああ! こんなところにいやがった!」
 キッチンの入り口で、響き渡るウォーカーの声。ワインの瓶をぷらぷらとさせながら廊下の方を振り返っている。続いて近づくにぎやかな足音はグレンテとヴァンゼののもだろう。宴会が近づいてくる。
 呆然と入り口を見ていたアリエッタとディベルスは、顔を見合わせ吹き出した。


 おたんじょうびおめでとう。
 ことしもいちねん、いっしょにすごせますように。
 たいせつなあなたが、しあわせいっぱいでありますように。

――21.小さな約束 




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