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 橋の上。

 この町は水が豊富なのだな。
 世界中で死をもたらす雨が降っているというのに。橋の真ん中で柵に寄りかかり、水面を覗き込む。その濃度に差こそあっても、必ず雨には毒が含まれている。この街に降る雨には、生命を殺すほどの毒は含まれていないと言うことだろう。川面には魚影もある。
「毒に強い魚もいるかも知れないな」
 ふと、雨に毒が含まれていることなど幻想なのだと、錯覚しそうになる。しかしそんなことこそ幻想だ。事実植物も動物も死んでいる。
 自分がそんな錯覚に陥るなど、どうかしている。オボロは一度目を閉じた。自分が見てきた事実を、幻想だなどと。それは今の自分が幻想だといっているようなものだ。憤りを追いやるように、息を吐く。
 こんなものを買ったせいだろう。目を開くと左手を見る。淡い黄色とオレンジとを取り混ぜた、花束だ。甘い香りが鼻につく。
「何か、ご用ですか?」
 タルヒが歩いてきていることには気がついていた。自分の前で止まることも。自分が呼び出したのだから。
 花束を見やる。小さな花束は可憐であり、赤とオレンジの花は生気に満ちていて大きく見えた。これをどの面下げて彼女に渡せというのか。仲間の言葉の意味がわからなかった。
 息を吐く。
 振りかぶると、花束を遠くへと投げた。小さな花びらが花束を追うように、軌跡を描いて、やがて水面に落ちる。
 ようやく振り返ると、タルヒは少し目を見開いて、驚いているようだった。オボロが彼女を怒らせたのだ。らしくもなく、口論になった。タルヒからすればオボロに呼び出されることは、仲直りか最後通告以外ではあり得なかっただろう。花束など持っているのだから、仲直り、とそう思っていたに違いない。
 少々首をかしげるタルヒに、右手に持っていたブリキのケースを差し出す。女のタルヒの手のひらにも収まる大きさだ。それを見て、タルヒがさらに深く首を傾いだ。
「さっきは、その、なんだ。悪かった」
 原因はわかっている。だから頭を下げることに抵抗は……ないと言えば嘘になるが。謝らなければならないと、わかっていた。頭では。
「なんで、花束を投げたんですか?」
 タルヒは受け取ったケースを耳元で軽く振りながら、視線だけをオボロに向けて問う。この女は自分を試していると、直感でそう思う。
 適当に話を作ることはできた。が、オボロは少し思案した後こう答えた。
「言われたから贈る、のでは芸がない……と、そんな答えで満足するか」

――20.花束 




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