それは、なんの拍子だったか。 「なんて格好でいるんだおまえは」 暖炉の前に座る少女を見て、ディベルスが低くうなった。しかめ面。暖炉の前は、自然と人が集まる。特にこのキッチンに直接つながる大広間は、屋敷の面々が主に顔を合わせる場となっている。何しろみんな寒がりなのだ。霧の街は寒い。 「繕いものだけど」 黒猫の声に、アリエッタが顔を上げ振り返る。暖炉の真ん前を占領していたせいか、顔が赤く色づいている。すぐそばのソファに座っていたウォーカーがにやにや笑いながら、立ちつくしているディベルスを見上げた。 「かわいい女の子は、どんな格好をしていてもかわいい」 「……今、女の子って、子を強調したわね?」 「いや。かわいいも強調したぞ」 蝙蝠の言葉を聞きとがめてヴァンゼがじろりと視線を送るが、蝙蝠の方は首を振るだけだ。なによ、とヴァンゼが威嚇音。 「いいから服を着ろ。風邪をひく」 「なんだよ邪魔するなよ」 「ウォーカーは黙っていろ」 「なによ一人だけいいかっこして」 「おまえも黙れヴァンゼ」 「子猫のくせに生意気なのよあんたは」 蛇は猫が本能的に苦手なようだった。しかし人型となればヴァンゼがディベルスより年上となる。わざと子猫呼ばわりをして、ディベルスの鼻の頭にしわを寄せさせることもしばしばだった。今回ももれなく。 「ちょっと待ってよ。すぐ直すから」 アリエッタが割ってはいる。手で押しとどめるような仕草。黒猫は少女の格好が気に入らないのだろう。先ほど釘に引っかけて破けたブラウスを脱いだので、ノースリーブのシャツ姿だった。アリエッタの苦笑にディベルスは半眼になる。確かに、ディベルスがうなるのも頷ける。だけれどここには頷くものがいない。グレンテは今留守だが、グレンテも意外とこういうところはおおらかだったりする。 アリエッタが自分の格好を見下ろしている。注意しかけたディベルスが言葉を飲み込んだ。 「着ていろ」 「あ、ありがと」 「ちっ」 「舌打ちするんじゃない!」 今、何が見えたのだろう。 自分の上着をアリエッタに差し出しながら、ディベルスは表情を変えないように努める。アリエッタは黒の上着を着て、それは隠れたが。 シャツの袖ぐりの部分から、黒い、痣のようなもの。 痣だったのだろうか。それにしては輪郭が鮮明すぎる気もする。 ディベルスは仲間を見たが、誰も気がついた様子はなかった。そうか、二人のいる位置からは背中が見えないのだ。内心舌打ちする。ディベルスだけがアリエッタの後ろに立っていた。だから気がついたのだ。 「へえ、これが神官の烙印?」 初めて見るわ。とヴァンゼが黒猫の左腕をとる。初めてに決まっている。あまり見せたくなかった。 自分の烙印は主から神官へ与えられるもの。魔法陣の名残だ。使命と存在の証。立場上、他人に見せびらかすものではない、とディベルスは思っていた。 ならば彼女の烙印は誰から何のために与えられたのだろうか。あれが烙印ならば。彼女は、人間のはずだ。 アリエッタは談笑しながら繕いを続けている。ふつうの、人間だ。なんの能力もない。 「なによ、今更もったいないとか思ってるんでしょ」 「ばかなことをいうな。ウォーカーじゃあるまいし」 いや、ただの見間違いか。 ヴァンゼのからかいを適当にあしらいながら、一瞬見えた烙印の形を思い出そうとする。うまくいかなかった。烙印などではなかった、と思えば、ざわついた心は落ち着きを取り戻していく。うまくいかないのは当たり前だ、ただの痣はどう見たところで複雑な烙印になりようがない。 まさか、な。 自分の考えを笑って、ディベルスは確認はしなかった。今更脱いで見せてくれなどといったら、ヴァンゼとウォーカーに飽きるまでからかわれるだろうから。 |
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