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 少し休憩、と言ったのはどいつだ、などと文句をいうものはいなかった、心の中では思っていたかも知れないが。みんなが暇をつぶすことにはなれている。いつもきまじめに歩いていることだけが旅ではない。それぞれに娯楽というものが存在する。本を読んだり、槍の手入れをしたり、楽譜を整理したり、まあいろいろだ。が、暇をつぶすにしても、一人が向かないものもいる。
「何をしている?」
 オボロに言われて、ヒビキは後ろを振り返った。座っているヒビキ。その後ろから下を覗き込むようにしてオボロ。ヒビキは笑った、邪気なく。
「いやァ どんな夢を見るのかなァって」
 オボロを振り仰いだまま、指を指す。
 指した先には、モデスト。木陰に顔だけつっこんで、眠っている。指を組み合わせた手を腹の上にのせて、たんぽぽの咲き乱れる中で眠っている。さながら男版スリーピングビューティだ、などと誰も口にしなかったが。
「それが、おまえと何か関係があるのか」
 オボロが読書の傍らで見ていた様子では、ずいぶんと長いことヒビキは眠る勇者の傍らにいた。勇者が横になってすぐあとから、と言ってもいいほどだ。
「いやないけど」
 モデストを眺めるヒビキの後ろ姿は、なぜだかずいぶん楽しそうだ。
「ないのなら、なぜだ」
 この生き物は不思議だ、とオボロは思う。ヒビキの青い頭を見下ろしながら。自分と同じ人間でありながら、まるきり無駄なものにばかり興味を向ける。しかし、無知な人間たちとは違う、ヒビキは明らかに、理解する力を示す。
「なんとなく」
 ヒビキは眠るモデストを眺めながら肩をすくめた。笑ったのだ。決して理解されるのをあきらめたわけではない。
 理解できん。ヒビキは口には出さず、目を細める。この自分が、理解力に欠けると示すような言葉は、口にすべきではない。
「なんかさァ 勇者様の見る夢って、特別なのかなァとか。正夢なのかなァとか。それとも過去を変える力があるのかなァとか。僕たちは出てくるのかなァとか。魔王はいるのかなァとか」
 ヒビキは言いながら、左右に揺れている。あぐらをかいたまま、空色の頭が揺れる。
「とか、いい夢見てるかなァ、とか」
「ふむ」
 オボロは腕を組む。それを知ったところでどうだというのか。まさにヒビキには関係のないことだろうに、モデストの夢など。理解できん。オボロはもう一度、心の中でつぶやく。
「モデストが起きたら聞いてみるといいだろう」
「そうか。それはいい考え」
 ありがとォ と、答えたヒビキはまじめな顔をしていた。なぜそんなことを言ったのか、オボロ自身がわからなかった。自分も勇者の夢に興味があると、無意識のうちに思ったのだろうか。そんなはずはない。オボロには、モデストがどんな夢をみるのかも興味がなかったし、夢というものを研究しているというわけでもなかったから。
「ねェ 勇者様はいい夢見てると思う?」
「だから聞いてみるといいと言った。おまえも賛同したはずだ」
 訪ねられて、目を細める。今、答えは出たではないか。しかしヒビキは不満そうに頬をふくらませる。
「そうじゃなくて。オボロは思う? 思わない?」
「私は興味がない」
「簡単な賭けじゃんか。賭け事、ゲームだよ、ゲーム」
「賭け事もゲームも好きではない」
「けちだなァオボロは」
 ヒビキは舌を出す。けちとは論点のずれたことを。オボロは目を細めたが、やはり口にはしなかった。ヒビキはゲーム参加者を募るようで、別の木陰で楽譜を整理していたタルヒに「歌姫はどっちにする? 思う?」などと声をかけている。
 ああそうか。
 オボロは唐突に理解した。この男は、モデストにいい夢を見てほしいと思っているのだ。だから、賭などを持ち出すのだ。多数決で決まるというわけでもあるまいに。オボロの口元がうっすらと弧を描く。
 オボロはモデストを見下ろす。青い頭越しに。眠る勇者の表情は何の色もなくて、はたしてよい夢を見ているのか、悪い夢を見ているのか、さっぱり手がかりにならない。
「おまえはどっちに賭けるつもりだ、ヒビキ」
 少年はオボロを振り仰ぐと、もちろん、と胸をたたく。
「いい夢見てるにきまってるじゃん」
 言って、なぜだか満面の笑みで、ピースサインを向けてくる。理解できん、と思いはしたが、オボロは肩をすくめただけだった。
「決まっていたら賭にはならん」
「いィの!」
 また、ふくれ面のヒビキ。しかしすぐに思いついたように表情を戻すと、からかうような、笑み。
「オボロは夢なんか見ないに決まってるだろうけどね」
「なぜだ」
「だって、リアリストだもん」

――10.夢 




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