Last Order



――42時間前


 『――各機へ。司令よりゴーサインが出た。』

 短めのコールサインのすぐ後、隊長のいつもの、冷静な声がインカムから続いた。
 ただ、瞑目していた私はコールサインに飛び上がらんばかりに身を震わせた後、隊長の言葉
に、沈静状態だった肉体に、強引に血液が流し込まれる感覚を覚えた。一瞬、総毛立つ。
 いったい、どれだけの間、目をつぶっていたのだろう?
 全く時間の感覚がわからなかった。
 長いようで短くも感じる。
 もしかしたら、寝ていたのかもしれない。
 慌てて、周囲を見渡してみる。が、もちろん、そこは壁。ディスプレイ上に点滅される計器類
の光で、視界は閉ざされてはいないが、極めて暗い。
 彼女は、艦外映像のスイッチをONにした。
 すると、360度全ての白壁が透き通り、目の前に、瞬きのない、無数の星々が現れた。無論、
本当に透き通っているのではない。壁に立体映像が投影されているのだ。
 その荘厳な星々の映像の中、自分の両翼に、全く同種の機体が幾つも並んで浮かんでい
る。スマートな鋭角の形をした人工的な美しい機体。違うのはその機体の真横に描かれたペイ
ントだけだろう。

 連邦宇宙軍の単座式艦載機「ヴァルキリー」。

 通称そう呼ばれている。
 ややこしい、正式の軍用名称などもあるが、誰もそんな堅苦しい名称は知っていても使わな
い。
 「単座式」という単語が示すとおり、この船は一人乗りである。主として、近接戦闘、格闘戦(ド
ッグファイト)を行い、機動性を重視し、敵軍よりも先に制宙圏を確保することを目的とした戦闘
機。
 だが、軍全体においては単なる消耗品としての価値しかない。その、装甲盤の脆弱さは一条
の荷電粒子砲に簡単に引き裂かれるだろう。それ故「犬の餌」と揶揄される事が多々ある。敵
の囮としての価値しか認められてないのだ。
 実際に、その通りだ、と私は思う。悲しい事だけど、艦隊戦が主となる戦闘からみて、私たち
の戦いは、その前哨戦としての価値しかない。

 『先行部隊は既に交戦中だ。我々は5分後に出撃。合流後、戦闘に参加する。』

 『…ずいぶん急ですね。少しぐらい心の準備が欲しかったな…。』

 普段から、気の弱いウェンリィ・エヴァンス空飛中尉が震える声でそう言った。彼は、我々の
中で、隊長の次に階級が高いが、どうも、少年兵や、新兵、と言った単語が似合う男だ。パイ
ロット適正が高い、という理由だけで、士官学校を中途卒業させられて、以来、この部隊にい
る。

 『苦情は先行部隊に言ってくれ。あれだけ偉そうな事ほざきやがって、戦闘開始直後、援軍
要請を出してきやがった…。』

 隊長は苦笑まじりにそう言う。声だけだが、隊長がどんな表情をしているかが想像できる。

 『なっさけねぇなぁ。』

 マックス空飛曹は酒で濡れた声でそう言った後、多少演技めいた「豪快な笑い」を響かせた。
 それに追従して、複数の笑いと含み笑いがしばらく、インカムを占領した。
 私は多少、唇を両端に持ち上げる程度で押し留める。

 『まあ、敵方もそれだけ死に物狂いって訳だ。先行部隊が援軍を欲しがるくらいにね・・・。ま
あ、そこまで追い詰めた我々にも責任があるが…。』

 『本隊が到着するのに、どれくらいかかります?』

 リューバ・ケレンスキー空飛伍長がいつもと変わらない、感情のこもらない口調で続ける。「ド
ライアイスの美女」との二つの名を持つ彼女らしい口調だが…。
 私は心の中で舌打ちをした。あえて、皆そのことを考えないようにしてきたのだ。いや、考え
てはいたが、口に出さないようにしていた、というのが正しい。
 本隊が到着するまで、の戦線維持が私たちの目的だ。だが、その本隊が到着するにはかな
りの時間がかかる。
 それまで、幾人生き残れるか…。

 『…そうだな。悪く見積もって、3時間だ。』

 僅かに取り繕おうとして、それが無理だと判断したのだろう。言い淀んだ割にあっさりと隊長
は言い切った。

 『そうですか…。すみません。』

 瞬間、インカム内は静寂に包まれた。そして、マックス空飛曹が思わずうめくように言った。

 『…こりゃあ、驚きだ。科学的大発見ていうやつですか?宇宙空間にも関わらずドライアイス
が完全に気化したようだぜ。』

 宇宙空間に爆笑の嵐が吹き荒れた。
 隊長が笑いを堪える声で続ける。

 『――と、言うわけでだ、軍規違反にも関わらず、酒、煙草類を持ち込んだ不良軍人どもは五
分以内にそれらを処分するように。また、ボーイフレンド、ガールフレンド、家族などなどといっ
たホログラフィに抱きついたり接吻したりするも良し、グラビアアイドルのポスターでナニを済ま
せるのも良し、まあ、短い時間、各自好きなことをやっててくれ。』

 再び、多少下品な笑いが響いた。

 『でだ…。そのまま、各自作業に勤しみつつ、そのまま聞いて欲しい。』

 突然、隊長の声がトーンダウンした。
 出撃前は、必ず、下手な冗談を言って、みんなの不安を何とかごまかしてくれるよう勤めてく
れていた隊長には珍しい事だ。
 思わず、私は立体映像に並ぶ機体のうちサラマンダーのペイントが施されている隊長機に目
を向けた。
 笑い声は急速に収束していく。

 『俺が生まれるよりも前から行われていたこの戦争は、どうやら近々終わりを迎えるらしい。
まさか、自分の代で終わりになるとは考えもしなかったがな…。しかも、俺に取っちゃあどうでも
良い事だが、大変に喜ばしい事に、我が連邦の勝利に終わりそうだ。』

 大変に矛盾した科白に、誰も突っ込みを入れなかった。
 インカム内を『ジュ』という小さな音が妙に響いた。隊長がライターに火をつけたのだ。煙草を
持ち込んだという不良軍人とは実は隊長自身なのである。

 『…ふぅ…。これが、恐らく、我がサラマンダー部隊の最後の出撃になるだろう。そして、俺の
最後の命令になる。』

 誰も、声を発しなかった。
 私は隊長機から目を逸らし、つぶる。
 だが、目蓋に浮かぶのは隊長の顔だった。


 ――綺麗だな――


 私はそう考えた。


 ――綺麗だ。何もかも、宇宙も――


 『全員』


 ――そして人も――


 『必ず、絶対に』


 ――泣くには早すぎるな。――


 『生還すること!』





――42時間後
   現時刻3月14日02:03


 連邦宇宙軍木星方面司令部衛星軌道上基地「ネオイオ」。
 木星方面司令部が木星の衛星「イオ」ごと破壊されてから新たに建設された居住型巨大人
工衛星である。ユーモアセンスのかけらもない名称だが、これ以外に適当な名称もないだろ
う。
 その、ネオイオに幾つかある繁華街の一つ、高級士官専用バー「ホーリー・ナイト(聖騎士)」
の六階、屋外テラスから一人の男が眼下の人の波を見下ろしていた。

 街道は戦勝パーティーに沸き立つ人、人、人で溢れ返っている。
 街中のソリヴィジョン(立体TV)は先程から敬愛すべきはずの連邦政府の大統領閣下が熱っ
ぽく戦勝宣言の演説を行っている。

 「…この勝利は、幾多の勝利を重ねてきた人類のこれまでの輝かしい歴史の中でも、最も価
値のある、最も輝かしい勝利である、と私は確信します!…」

 その科白ばかりがVTRで繰り返されているが、誰も見向きもせず、ただ行進を続ける。
道を行く人々は、片手で見知らぬ者同士肩を組み、もう片手には酒瓶を掴み、大声で国歌や
軍歌を歌い、抱擁し合い、手当たり次第にキスの雨を降らせていた。中には、ストーリーキング
行為に及ぶ者までいた。
 戦勝パレードのような政治的な目的とは皆無の中、発生したこの偶発的な出来事は、統一性
を欠き、市民の純粋な喜びの表現ではあるが、まさに「狂喜乱舞」の様相を呈しており、基地
司令官は後に「暴動発生の可能性」に気がきではなかった事を告白している。

 その、狂乱の街を見下ろしていた男は片手に掴んでいたボトルをあおると、その場に崩れる
ように座り込んだ。既に許容できる酒量は超えている。明日、明後日は頭痛と仲良くベッドイン
することが約束されていた。
 アルコールを充分すぎるほど摂取した身体は次に、ニコチンを要求してきた。考えてみれ
ば、酒を飲み始めてから煙草を一本も吸っていない。
 男は軍服の全てのポケットに手を突っ込み、目的の銘柄が見つからない事に心底落胆した。
溜め息の後、煙草の変わりに再びボトルをあおる。既にアルコールが飽和状態に達している
為、喉も胃もただ、無感動に水を飲み干しているような感触しかなかった。
 ボトルを地面に置いた時、そこに、自動小銃が落ちているのを男は発見した。連邦宇宙軍士
官の標準的な軍用小銃である。それが、男自身のものであることに気付くのにたっぷりと十秒
が必要だった。
 恐らく、座り込んだ時ホルスターから抜け落ちたのだろう。自分のホルスターを触り、ボタンが
外れて中身が空になっている事を確かめてから、実に、緩慢な動作でその銃に手を伸ばした。
 銃を手に取った男は、自分でも分からない動機で、その銃をホルスターに収めず、眺める。
 ただ、無心に銃を眺め続けた。
 そこに何か、別のものが見えるかの如く。

 「隊長!」

 男は声の方に顔を向けた。
 室内から、野外テラスへ出る為の扉に、紙コップを持った一人の女性士官の姿が見えた。夜
時間に設定されたネオイオ・シティの闇の中、繁華街の照明がその金髪に反射して輝いて見え
る。

 「…やあ、タウンゼント少尉。」

 隊長と呼ばれた男は呂律の多少怪しくなった声でそう答えた。
 女性士官――タウンゼント少尉は早足で近づいて来てから厳しい表情で男の表情と、その手
に持っている銃とを交互に睨みつけた。
 その顔は怒っているのと同時に、迷っているように見える。恐らく、銃を取り上げようかどうか
迷っているのだろう。

 「俺はもう…隊長じゃないよ、少尉。」

 サラマンダー空戦部隊は、つい二時間前の00:00をもって解散した。

 「…じゃあ、リュウ大尉。なんですか?その銃は。」

 「ん?煙草が無くてな。」

 リュウは銃を片手でヒラヒラさせる。

 「煙草が無いのと、銃を持っているのと、どういう関連性があるんですか?」

 「さあ?全く人体ってのは不思議なもんだねぇ。」

 「大尉!」

 どうやら本気で怒っているらしい彼女に対して、リュウは溜め息とともに、柔らかい微笑を浮
かべた。

 「理由を説明しようにも、説明できないんだよ、少尉。煙草が無いから仕方なく銃を眺めてい
た、って言うのが精一杯の状況説明だな。」

 「…理解できません。」

 「だろうな…俺も理解できん。無意識の行動だからな。」

 「銃を…。」

 「ん?」

 タウンゼントは左手をリュウの方へ差し出した。

 「渡してください。」

 「ん。」

 リュウは抵抗することなく、その左手に銃を乗せた。
 タウンゼントは、しばらくその銃を眺めてから、意外にも、多少戸惑ったような声でリュウに問
い掛けた。

 「大尉…、これって…。」

 「エネルギー残量がゼロだろ?」

 空瓶となってしまったボトルに名残惜しそうに視線を固定させたまま、リュウは事も無げにい
う。

 「……。」

 「そうそう、司令からメールが着てた。残務処理でパーティーには参加できないってさ。先に出
世しちまった報いってやつだな。」

 ガン

 「ぶっ!!」

 リュウの顔面に投げつけられた銃がヒットした。
 声も無くリュウは悶絶した。

 「………………。」

 「だあぁっ!た、大尉!す、す、すみません!つい…。」

 正気に戻って、慌てふためくタウンゼント。

 「…だ、大丈夫だ…。しばらく待って…。」

 そう、うめくとリュウは涙目のまま、鼻を擦る。幸い、骨折はしていない。鼻血が出なかったの
はまさに奇跡と言えるだろう。
 よく、アニメイションや映画などで、銃底で相手を殴って気絶させる、といったシーンがある
が、現実にあれをやるのは非常に危険である。頭蓋骨などが陥没したりするのである。
痛みが治まってからリュウはボソリ、と言った。

 「…凶暴女。」

 直球である。

 「なっ…。」

 反射的に、言い返そうとするが、返す言葉が無い。
 リュウは座ったまま、右手をタウンゼントに伸ばした。

 「…え?」

 「水。それ、水だろ?」

 「…あ…はい。」

 そうだった。自分はリュウに水を届に来たのだ、ということを思い出し、彼女は紙コップを差し
出した。

 それを一気に飲み干してから、リュウは彼女に向かって言った。

 「まあ、座れよ。」

 その言葉に素直に腰を下ろそうとするタウンゼント。
 そこへすかさずリュウは突っ込んだ。

 「しかし、俺も心が広いよなぁ。上官を銃で殴った仕打ちに対して、水一杯で許すんだから。フ
ツーなら、上官暴行罪で営倉入りだな。」

 「ウッ……。」

 思わず、中腰のまま停止する。が、結局そのまま地面に腰を下ろした。
 そのタウンゼントの挙動にリュウはクスクス、と子供っぽい含み笑いをする。それに対して彼
女は、プイッ、と明後日の方向に顔を向けた。

 「まあ、強制はしないよ。ここには酒も煙草も無い。」

 「御心配なく。小官は市民健康促進嫌煙協会に幾人か知り合いがいるような立場なので。」

 「おお…そりゃあ、恐ろしいなぁ。…でも、アルコールはどうなんだ?まさか健康促進嫌酒協
会っていうのにも知り合いがいるのか?」

 「いえ…お酒に関してはそんな協会があったら私が困ります。あるんですか?そんな協会。」

 「知らん。」

 「そうですか…。まあ、今はお酒は諦めます。」

 タウンゼントはそう言うと、室内のバーの方へ目を向け、一つ、溜め息をついた。

 「何だ?取りに行けば良いじゃないか…。向こうの方にはまだ酒はあるだろう?ついでに、俺
の分も持って来て欲しいけど…。」

 「嫌です。」

 その声は意外なほどかたくなだ。
 リュウは怪訝な表情でタウンゼントに聞いた。

 「何かあったの?」

 「何かあったんです。」

 と、だけしか言わないタウンゼント。それ以上の事を聞き出すには躊躇いを覚えたリュウは中
の様子を見ようとゆっくりと腰を上げかけた。
 とっさに彼女はリュウの袖を掴んだ。

 「…?どうしたの?」

 「中に行くのは、やめといた方が良いです。」

 その表情は切実ともいえる奇妙なものだった。

 「…何でさ…。俺は酒を取りに行きたいだけだよ?」

 「ダメなんです。」

 「だから・・・何でさ?」

 タウンゼントはちらり、とバーの方を見ると、瞬間、酒で上気した顔をさらに赤面させた。

 「あの…今、中では…その…。」

 「ん…?」

 珍しく口篭もるタウンゼントの姿にリュウは床に座りなおすと、その艶やかに赤面した姿をた
だ、眺めた。

 「あの、みんな…その…ハダカになって…。」

 「…あー、オーケー、オーケー、タウンゼント少尉。それ以上は言わなくて良いよ。で、少尉は
巻き込まれる前にこっちに逃げてきたわけだ。」

 さすがに察しのついたリュウはバリバリ頭を掻く。

 「しかし…、五人あそこにいるわけだから…。ケレンスキー伍長は一辺に四人を相手にしてい
るのか…。凄いな。」

 「…あの…止めなくていいんですか?ケレンスキー伍長大変ですよ…。」

 「強姦なの?」

 「いえ…ケレンスキー伍長自らって感じで…。」

 「じゃあ…良いんじゃない?少なくとも、あの激戦の中を生き残った数少ない『英雄』なんだか
らさ、うちらの隊員は…。それぐらいのご褒美は…。」

 タウンゼントはそう言ったリュウの姿をまじまじと凝視した。

 「たいちょ…大尉は参加されないんですか?」

 「タウンゼント少尉…。酔ってるだろ。」

 含み笑いと共にリュウは断言した。

 「ええ…酔ってるんでしょうね、私。でも、大抵の男性ってああいうの好きなんじゃないんです
か?」

 酔いを払うように軽くその豪奢な金髪を振りつつ、彼女は発言した。

 「俺ね、EDなの。」

 「……。」

 冗談なんだろう、と思って、タウンゼントはしばらく黙っていた。
 が、何も返答が無いのでようやく驚きの表情でリュウを見た。

 「…考えてみたら大尉はお独りでしたっけ…。」

 隊の中ではかつて「リュウ隊長はなぜ恋人を作らないのか」という議論が酒の肴に行われた
事がある。幾人かの女性隊員も何度かアプローチを試みたが、どれも惨敗に終わっている。
考えてみたら、今まで出撃前に娼館にいった形跡も無い。
 いつ死ぬかわからない、という戦場において、男性が性欲過剰になるのは生物学的にも正
常である。女性でさえ、例え本能的なものでなくても恐怖を忘れるために一時の饗宴に身をゆ
だねる時があるのだ。

 「…信じられません。なんというか…こう、タフなんだと思ってました。」

 リュウはにっこりと笑うと地面に転がったままになっていた先程の小銃を再び手に持った。全
くの無意識の行動なのか、意思のある行動なのか、タウンゼントには判断できなかった。

 「……さっきさぁ、俺、本当に自殺しようとしているように見えた?」

 「…ええ、見えました。」

 「そう。じゃあ、それが正しいんだろう。」

 一人納得して銃をホルスターにしまう。

 「どういうことです?」

 「無意識だったから、自分が何を考えていたかわからないんだよ、本当に。だけどようやく解
ったんだ。つまり、無意識に自殺したがっているんだな、俺は。」

 そう言った後、一人納得するように二度、頷いてから、慌てて首を振った。

 「いやいや、違うな…。正確には無意識じゃないな。」

 そう言うと目をつぶった。

 「…こうやって、目をつぶるとな……。」

 士官学校を中途卒業した後、配属され、豪快な性格の人間が多いパイロットの世界観にな
かなかなれることが出来ず、いつも「いじられ役」だった気の弱い青年。その情けく微笑する姿
が目蓋に浮かんだ。

 「エヴァンス。」

 それを皮切りに様々な顔が浮かんでは消える。

 「オルトリッチ、フェナガルト、ヨシカワ、アルド、ホワンにアレン、…マックスetc.etc.」

 浮かんでは消えてゆく人物の姿を見るのに耐えられず、リュウは目を開いた。
 タウンゼントはリュウの目の前で足を抱え茫然とした瞳でリュウを見つめていた。

 「…それ以外にも、別の部隊にいたときのやつとか、俺が新人のペーペーだったときの頃の
先輩とか。そうやって、死んじゃった奴等の事を考えると自然と、こう、銃を咥えたくなる。」

 リュウはにこりと笑った。

 「だから危険だから、俺の銃はいつもエネルギーを充填しておかない事にしているんだ。」

 リュウはいつのまにか取り出していた銃を再びホルスターにしまう。
 それを、黙って見ていたタウンゼントはポツリ、と言った。

 「…生きるのは辛いですか?」

 「さあ、どうだろう?死ぬことの方が楽なような気がする…いや、自然のような気がするな、そ
う言う感じだ。」

 「でも、死なないんですよね。」

 「…うん…。」

 しばらく二人は、街の喧騒に呑まれたかのように押し黙った。
 くぐもった女性の荒い声がバーの方から聞こえる。

 「…隊長。私、今、思いついたことがあります。」

 突然立ち上がると、タウンゼントはそう高らかに宣言する。激しくは無いが、力強い。リュウは
思わず彼女を見上げた。

 「隊長が死なないのは、死なないのではなく、死ねないのです。」

 「ん?もう一度繰り返して欲しいな。何かややこしいぞ。酔っ払いすぎなんじゃないか?」

 「変な茶々は入れないで下さい。」

 「…すみません。」

 「いいですか?隊長は死のうと思えばいつでも死ねたはずです。そんなわざわざ銃を使って
自殺なんてしようなんて考えなくても、今、ここで死にたいと思ったら、ダッシュしてこのテラスか
ら飛び降りればいいんです。」

 「……。」

 リュウはポカン、とした顔でテラスの端のほうを見る。

 「戦闘中だって、死にたいのならただ黙って、敵の攻撃を回避しないでいれば良いんです。な
のに何でそうしなかったんですか?」

 「……。」

 「答えられないようですね。それは…。」

 「あ、今考え中で…。」

 「Shut up!!(お黙り!!)」

 初めて、タウンゼントは声を張り上げた。

 「それは死んだ人たちが守護霊になって、隊長が死のうとしたりするのを阻止しているからな
んです!」

 そのあまりと言えばあまりの説明に、リュウは瞬間、頭の中が真っ白になった。かなり間抜け
な表情をしているだろう事が自分でもわかる。

 「つまり、死んでしまった人たちはみんな隊長に死んで欲しくないんです。隊長は死んじゃった
みんなのお陰で生きているんです。」

 一瞬、爆笑の誘惑に誘われた。
 だが、結局リュウは笑わなかった。
 彼は幽霊、超常現象、と言うものを信じているわけではない。だが、タウンゼントのその言葉
に、彼は妙に納得してしまったのだ。

 「…酔ってるな、少尉。確実に…。」

 だが、口では、重々しい口調、苦い表情で、そう呟いた。

 「あれ…?」

 「ん?」

 「小官はてっきり笑われるもんだと思ってたんですけど。」

 「笑おうか、と思ったけど、笑えなかった。」

 正直にそう言う。

 「笑っても良かったんですけどね。隊長を元気付けようと思ったんですから。」

 「そうか…じゃあ、WAHAHAHAHAHA。」

 かなりわざとらしい。

 「酷いなぁ。」

 そう言うと、突然、タウンゼントはリュウの目の前に座り込むと、有無も言わさず抱きついた。

 「…っと。」

 突然、抱きつかれたリュウは、目を白黒させていたが、結局拒絶せず、抱きつかれたままに
なった。と、言うより、拒絶できなかったのだ。あまりにも彼女の身体が心地よすぎて。

 「隊長は最後の命令で言ってくれましたよね。『全員、必ず、絶対に生還すること』って。」

 「…うん。言った。」

 それは子供のような返答だった。

 「私たちにだけ『生還すること』なんて言ってたくせに、隊長は死ぬつもりだったんですか?私
たちは、隊長に命令できませんけど、私たちだって同じ気持ちだったんですよ。『みんな生還で
きますように。隊長が生き残ってくれますように』って。」

 タウンゼントは顔だけ起こした。
 その目には涙がたまっている。

 「…ごめん。」

 「私たちは、生還できました。たった七人だけですけれども生還しました。」

 「うん…。」

 「隊長のあの最後の命令のお陰です。」

 「…うん。」

 「それなのにその命令をした隊長が死んじゃうなんておかしいです。」

 「…そうなのか…?」

 「そーなんです。」

 タウンゼントは笑った。
 その瞬間、目尻から涙がこぼれた。
 それを指で軽く弾き飛ばすと…。

 「隊長。復唱して下さい。」

 突然、普段の軍隊口調で厳しくそう言った。

 「…え…?」

 「『全員、必ず、絶対に、生還すること』…ほら、早く。」

 タウンゼントは、リュウに息がかかるくらい顔を近づけたままそう促す。

 「…あ、はい、コホン『全員、必ず、絶対に、生還すること』。」

 「もう一度…『生還すること』、ハイ。」

 「『生還すること』。」

 「『生還すること。』」

 「『生還すること。』」

 「『生還すること。』」

 「…『生還すること。』」

 「生還してくれて、ありがとう。」

 「……。」

 「ん、もう、復唱してくださいよ。」

 その一瞬後、リュウは初めてタウンゼントを自分から抱きしめた。

 「あっ、た、隊長。」

 「…ありがとう、タウンゼント少尉。」

 その声は、涙でかすれていた。

 「ありがとう、みんな…。」

 その目蓋の裏にはかつての戦友たちが笑っていた。



  街の喧騒は続く。
  いつまでも
  虚無を振り払うかのように
  かけがえのないものを忘れるかのように
  群衆の行進は続いた。

     だが、二人には何も聞こえなかった。
     その喧騒も、
     敬愛すべきはずの大統領閣下の演説も。


「…この勝利は、幾多の勝利を重ねてきた人類のこれまでの輝かしい歴史の中でも、最も価値
のある、最も輝かしい勝利である、と私は確信します!…」
(第22代大統領ノーマン・M・フォスター「終戦宣言演説」より)







             
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