些細な切っ掛け
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ちなみに類家の『偶には』発言の辺りから彼の後ろで実体化していたのだが、類家は未だにその事に気が付いていない。
少しばかり考えるような素振りを見せた斎原は、類家の脇を抜けると自分の席へと歩み――と言っても幽霊なので足音はしないが――寄った。
「うおっ?!」
突然姿を見せた斎原に類家は驚きの声を上げるが、それに構う事なく斎原は空いていた椅子を手で引き寄せると腰を下ろす。
長い足を折り畳むように組み、少しだけ中身の減ったカップの取っ手を摘むと、ゆったりとした動作で持ち上げ口を付けた。
そんな斎原の一連の動きを、類家は呆気に取られたように口を開けて凝視する。
斎原はポルターガイスト現象を起こせるのだから、椅子を動かしたりカップを持ち上げたりする事が出来るのは分かる。
実体化して自分の動作に合わせてそれを行えば、極自然な動きのように見えるのも理屈では分かる。
しかしそんな人間らしい仕草を見せる斎原が、霊体となってからの彼しか知らない類家には逆に馴染まない。
「斎原…?」
カップを傾けてコーヒーを啜る斎原に、類家は呆然としたまま声を掛ける。
突然こんな姿を見せる彼の意図が分からない。
斎原は類家を隻眼で一瞥すると、無表情だった口元を微かに歪めて首を傾げた。
視線の先を追えば、ボードの上に置かれた骨董――と言うよりは煤けた感じ――の五十音の積み木が目に入る。
触れてもいないのに枠に収まったピース達が、突如一定の速度でランダムに落ちて来た。
「…? ……『こ』、『れ』……『は』…」
カコンカコンと軽い音を立ててピースは落下し、六つ目が落ちるとそれを最後に積み木は動く気配を見せなくなった。
表された言葉に類家は斎原を振り返るが、斎原は静かにコーヒーを飲み続けている。
ただ目だけは此方を向いていて、驚く類家を面白いと思っているのか口の端は弧を描いたままだった。
(『こ』『れ』『は』『う』『ま』『い』)
斎原が示した言葉は、
(コレは旨い)
類家の淹れるコーヒーへの称賛。
他の飲み物を勧めた類家への簡潔な返答。
斎原はカップの中身を飲み干すと、空になったそれを差し出した。
向けられた空のカップに類家が条件反射のようにコーヒーを注ぐと、満足した様子で斎原はまた口を付ける。
「斎原…」
類家の声に、斎原が目だけで返事を返す。
「旨いか?」
言葉の返答は無いし、頷くような素振りも無い。
ただ斎原はカップを目の高さまで持ち上げると、口元の笑みを深くした。
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マエ / ツギ
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ショコ / イリグチ