些細な切っ掛け
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育雄少年を供養してから――斎原に取り憑かれていると認識してから――数日、類家は斎原と言う存在を持て余していた。

正確に言うならば、どう扱って良いか考えあぐねていた。

斎原が裁かれぬ犯罪者に未練を抱く事も、その供養の為に自分が罪人を探す手伝いをしなければいけない事も分かってはいた。

しかし悲しい事に人間とは厄介なもので、理解は出来ても同等の納得を上手く出来ない事はざらにある。

複雑な形ではあるがこの状況を要約するならば、多分『共同生活』だろう。

だが自らの手で殺し、霊としての存在を認めるまで散々動揺し敬遠して。

今更どのように接すれば良いのか、皆目見当がつかない。

もっと敬うべきなのか、それともなるべく干渉しない方が良いのか。

そんな取留めの無い事を考えながらも身体に染み付いた習慣で、ミルでコーヒー豆を挽きドリップの準備をする。

斎原の分も含めて多目にコーヒーを淹れながら、ふと類家は斎原がコーヒーに手は出しても食事には手を出していない事に気が付いた。

彼の分のコーヒーを用意していない時、斎原は人の事などお構い無しに自分のコーヒーを飲んでしまうので、遠慮ではなさそうだ。

だから食事に手をつけないと言う事は、彼は『飲む』と言う行為は出来ても『食べる』と言う行為が出来ない事になる。

物を食べると言う行為は、生きる者にとって楽しみの一つである。

日々好き勝手にコーヒーやら肉やらドーナツやらを食べている類家はそう考えている。

勿論飲み物でも満たされる部分は多いが、『咀嚼』を伴わない『嚥下』だけの行為は楽しみの限界が低い。

そう考えると、物を飲む事が出来る彼は霊としては能力が高いのかもしれないが、明らかに喪失したものの方が多い事になる。

殺してしまったのは他でもない自分なのだから、ただ『命』と形容されるもの以上のものを奪ってしまったと言う事を改めて実感してしまう。

せめて自分に出来る範囲で、彼に何か譲与すべきなのか。

二つのカップにコーヒーを注ぎ、類家は片方を斎原の指定席であるテーブルの端へと置く。

自分の椅子へ腰掛けながらボンヤリとそちらを眺めていると、ズズズッと音と共にカップの中身が少し減った。

「なあ…斎原…」

躊躇いがちに投げ掛けられた呼び声に、カップの中から立てられていた音が途切れる。

それほど重要なものとして話すつもりではなかった類家は、改まったような反応に逆に戸惑ってしまう。

「えーと、その…何時もコーヒーだと飽きないか?」

どう説明すべきか上手い言葉が思い浮かばず、類家は世間話のような口調で切り出した。

類家の言葉に斎原がどう思ったのかは不明だが、一瞬戸棚の扉がバクンと弾ける様に開かれて直ぐに閉じる。

肯定する時はもっと派手なリアクションを取る為、何となく否定的なニュアンスを閉じられた戸から感じ取る。

自分のコーヒーに飽きていないと言う事に、類家は素直な喜びを覚えた。

だがそうなると『飽きた→では何が良いか』と言う話の流れを考えていた為、次の話の振り方に悩んでしまう。

「えーと、でもさ、偶にはさ、他の物も飲んでみたいと思わない?」

言葉の真意が掴みかねるのか、続く言葉への斎原の反応は無かった。

返答としての動きも、コーヒーを飲む様子も無く、ただ静寂だけが周囲を包む。

別に悪い事を言っている訳ではないのだが、リアクションが無い事に類家は不安を覚える。

「えーと、例えばさ、その、紅茶とか、緑茶とか。えーと…玄米茶とか…?」

物事が上手く思い付けない時に、合間を埋めるように『えーと』と洩らしてしまうのは日本人の特徴なのだろうか。

普段自分がコーヒー以外の飲み物に馴染んでいない為、即座に例を挙げる事の出来ない類家は歯切れの悪い政治家のような言葉を続ける。

斎原は喋る事が出来ないので、常に会話は一方通行。

事件の話の時には相槌を貰うだけなので苦にはならないのだが、自ら話題を振っている為に沈黙を気まずいと感じてしまう。

そして遂に類家は適当な台詞を考え付けず、遠回しに話を促す事を諦めた。

「……まあ、その…もしアンタが飲みたい物とかあれば、買ってくるけど……」

ボソボソと小さな声で呟かれた類家の提案に、ようやく意図が掴めた斎原は納得したように頷いた。


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マエ / ツギ
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ショコ / イリグチ