Treatis 論考

(6)日本麻雀の特質と展望 <6>振り聴/捨て牌


 次の大きな変革は「振り聴ルールの採用」と考えられる。中国麻雀に振り聴というルールはない。互いの捨て牌はその場で確認され、チーポンロン等の声がかからなければ卓の中央等に放置され、以後、浮屍牌(フースーパイ=土左衛門牌)となる。

 浮屍牌は誰にも帰属しない(プレーヤーとは関係なくなる)。捨て牌がプレーヤーと関係なければ、キチンと整理して捨てる必要もない。そこで卓の中央に適当に放置される。また以前の捨牌がアガリ牌となれば、栄和できることになる。

 日本でも伝来当初はそのルールで行われていた。しかしやがて放銃一人払いルールが誕生すると、以前の東家の捨てを南家が捨て、それが東家へ放銃となり一人払いとなることに釈然としない感情が湧くようになった。そこで放銃一人払いに少し遅れて「自分が捨てた牌では栄和できない」というルールが登場した。

 こうなると、どの牌が誰の捨て牌なのかハッキリさせる必要がある。そこで捨て牌は、卓の中央等に放置するのではなく、各自の手牌の前に横一列に捨てられるようになった。これによって互いの捨て牌が確認できるようになり、放銃を回避する、他人の必要牌を抑止するなどの技量が、より生かされることになった。

 すなわち振り聴牌での栄和禁止も、手作りにおける技量向上に大いに役立ったが、その結果として登場した「捨て牌の整理」は、より判断力を必要とする部分を増加し、麻雀の技法向上にさらに大きな役割を発揮するようになった。

 では判断力の差=技量差であり、その差は数値として顕れるとしても、俗に言う初級・中級・上級者の差、あるいはプレーヤー同士の技量差とは、どの程度の数値差を言うのであろうか。

 もとよりこの境目は漠然とはしているものの、 NIFTYの麻雀フォーラム、多摩(ターニア)氏の試算によれば、「ほぼ1000ゲーム前後の結果で上位率(1,2位の和をゲーム数の和で除したもの)の差が5%以上あれば、統計的に有意であると判断される。すなわち両者のこの5%の差は偶然に生じたものではなく、統計的に明らかな差があると考えられる」という結果が出ている。

トップ率や上位率などのパーセント表示で得られる麻雀データの解析に「正規分布による比率の差の検定」を用いる。この方法は統計量Tが標準正規分布に従うことを利用し、そのTの値を計算することによって、その値があらかじめ設定しておいた有意水準α(ここではα=0.01を使う)に対する棄却域に入るか否かによってその判定を行う。

   a,bがトップ率や上位率などのパーセントデータ。m,nは半荘回数。

   (式1) 統計量T=|a−b|÷(ルート[(p*(1−p)*(1/m+1/n)])
        p=(ma+nb)/(m+n)

 計算の結果、T>Z(α/2)=Z(0.005)=2.576の場合は有意差有り、T<2.576の場合は有意差無しと判定する。この手法の結果を逆算する事によって、トップ率などの差が具体的にわかっている場合に「統計的に有意である」と言える半荘数が計算可能となる。

   (計算例) a=0.30、b=0.25、m=n、p=(a+b)/2=0.275

とすると(式1)は、2.576<0.05÷(ルート(0.275*0.725/2m))これを解けば∴ m>1058.4 よって1059半荘以上必要となる。

※式1の分子部分は絶対値記号で、分母部分のルート(平方根)は、分母部分全体にかかる。
※有意水準5%とすると、前記した例題では806半荘以上必要という答えとなる(2.576の代わりに1.960を使う)。

 このような検証の結果、アバウトながらプラス率45%〜50%の初級者、50%〜55%の中級者、55%〜60%の上級者、60%超のプロレベルという存在が明らかになり、“競技”なる冠称が生まれる土壌が育成されたと考えられる。

 とはいえ前述したように、もともと麻雀は手牌・ツモ牌という偶然性、対局者の手牌状況が不明という不可知性を有するゲームである。いかにルールから偶然性を排除しても、ゲームそのものが内包する偶然性を排除する事は不可能である。

 しかし放銃一人払い”、門前清の重視・立直の誕生”、振り聴ルール”の採用によって偶然性がかなり高い中国のギャンブルゲームから競技としての要素を持ちうるゲームに生まれ変わった。そしてゲームそのものが内包する偶然性も、それを昇華できるだけのゲーム数をこなせば、上級者は統計上のゆらぎ、いわゆるツキによるものではないといえるだけの成績を上げ得るのである。

 しかし如何にルールの変革によって麻雀に“競技”なる冠称が許される土壌が育成されたといっても、それだけで今日いわれる競技麻雀が派生したわけではない。実際に競技麻雀というものが芽生いた次なる要因に、“勝利感”の問題があると考えられる。

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