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    (23)血滴子 パート2


 血滴子(シュエティツ)と麻雀との関わりのエピソード2。専門誌「麻雀(s8/1)」に中村徳三郎によって紹介されている。中国の剣侠(けんきょう=剣の腕で世を渡る任侠)のことを記した書物に載っている話だそうだ。

 清(シン)の擁正(ようせい)帝の頃、ある年の大晦日、重臣の一人が家臣と雑談をしていた。そのころ宮中での年賀の式典にに列する大官連は、大晦日の夜には徹夜し、未明から衣冠を正して参内するのが例であった。それが皇帝に対する忠誠を表明するものだと考えられていた。

 そこでこの大官も徹夜覚悟で雑談に花を咲かせていたものの、追々夜も更ける。日々顔を合わせている家臣たちの間に、そうそう話の種があるわけではなく、主人のあくびに始まって、徹夜のお相伴を勤めていた人々の間にも密かに口に手を当てる者も出てきた。

 それを見た婦人は、もし夫が仮寝から朝賀の式に遅れるようなことがあれば、とんでもない大事を惹き起こし、帝の覚えのほどもと気遣われてアレコレと顔を出していた。しかしついにはそれも効果がなくなったので、フト思い当たった葉子(イェーツ)の札を取り出して主人に勧め、自分も加わって遊び始めた。勝負は1回1回と緊張したので、いままでの睡魔もどこへやら、みな夢中になってきた。

 と、そのうちに誰かが、いままであった七万の札が1枚なくなっていることにフト気づいた。どこかその辺に落としたのではないかと、卓子(テーブル)の下や椅子の蔭、あるいは袂(たもと)ではないかと着物まで脱いで調べたが、不思議にもどうしても発見できない。

 まだ興がつきないので主人はなおその札の行方を捜し出すことに努めていたが、そのうち夜も明け方近くなり、参内の準備をする時間になった。婦人は家臣に供の用意を命じ、自分も侍女とともに主人の装束をつける支度にかかった。やがて大官は大礼服に衣冠を繕い、供ぞろい美々しく宮廷に向かった。

 式も滞りなく終わり、帝は例によって奥伝に重臣のみを招いてくつろいだ酒宴となった。宴なかばに帝はかの大官に「聞けばそちの家では昨夜大金を盗まれたとのこと。さだめし心痛のことであろう。にも拘わらず早くから朝賀の礼に参じ、顔色にもそれを表さないのはまことに感心の至りである。だがそちの心痛は、また朕の心痛である。朕はいまそれをあがなってとらそう」との言葉を賜った。

 大官には少しも覚えのないことなので、帝はなにか勘違いをしていると思い、それを言上して辞退した。すると帝は
「いや、朕は確かなる者より聞いた。これ先ほどのものを持て」
と侍臣に命じ、また美しき小箱を取り寄せて
「朕の志だ。とにかく受け取って帰邸のうえ、開けてみるがよい」

 たっての仰せなので強いて言葉を返すこともならず、大官はそれを拝領しいた。宴果てて帰邸し、すぐに小箱を開いてみると、そこには失われた筈の七万の札が入っていたという。

 前回同様、血滴子は、この大官の家庭に仕える従者の1人であったらしい。しか前回の話は、大官がうっかりウソっぽい返事をしたら大臣の首が落ちかねなかったという危なっかしい話だった。しかしこちらは、皇帝の切り出しも、「昨晩、何をしていた?」と文詰調ではなく、「大金を盗まれたらしいな」などとからかった口調で機嫌も良さそう。

 おまけに紙牌を目の前にポイッと放り出すのではなく小箱に入れて渡すなど、扱いも丁寧。この大官は、よほど皇帝のお気に入りだったらしい。じっさい前回の大官は紙牌が無くなった時点で「おかしい!」と怪しみ、ただちにゲームを中断したりしている。しかしこっちの大官は、「あれ、どうしたんだろう」と探しているだけで、全然、血滴子のことは思いもしなかったようだ。

 しかしこういうエピソードだけ見てると、なんか血滴子の仕事は、麻雀牌を盗んでくることみたいだな。(笑) しかしこれでは血滴子に申し訳ないので(-_-; 、麻雀には関係ないけど本来の仕事に関連したエピソードなど。

 ある人物が地方行政官に任命された。任地に赴(おもむ)く途中、身の回りの世話をする従者を雇った。行政官は任地で善政に励んだ。従者も陰日向(かげひなた)なく働いたので、行政官のお気に入りであった。

 やがて任期も満了し、ぶじ都に帰還することになった。すると従者が「おいとまをいただきたい」と言ってきた。お気に入りなので、「都に帰ってからも大事にするつもりなのに、なぜ辞める?」と聞いたが、「どうしても行かねばならぬことがあって」というだけで、詳しい理由を云おうとしない。

 仕方なしに暇(いとま)を取らせることにした。すると従者は去り際に、「長官は都に帰っても、きっと出世なさるでしょう」と言った。変な事を言うなと思ったが、意味は分からなかった。

 やがて都に帰って皇帝にお目にかかり、いろいろ報告をした。すると皇帝がその働きを褒め、さらに昇進した。御前を退出するとき、何気なく皇帝の親衛隊の方をみると、その中にあの従者の顔があった。

 これを見ると、血滴子は顔を見せない仕事だけではなく、親衛隊でもあったようだ。きっと裏でも表でも活躍していたんだろうな。

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