Classic story 古今小説 .

    (7)落語「麻雀」


昭和6年、専門誌「麻雀」に掲載された新作落語。作者は珍居候(読み方が分からん....)

 当今は何といってもスピード時代。何を申し上げても回りくどいことは禁物。一寸(ちょっと)呉服屋へ参りましても
「お姉さん、これどう?」
「少し せんたん的ね」
 よくこうした会話を耳にします。柄や模様の話に「せんたん的ね」は少し變だと思ってそっちを見ますと、成る程指さして居る反物が一番端っこに飾ってあるという始末。

 なまぬるい事では承知ができない満足しない。やれエロだ、それグロだ、さてプロだ、日が暮れた、サア風呂だなんて言ふ訳で實に目まぐるしい有様。テムポの早いのではなければピッタリと来ないんだそうですね。此の間、此のテムポで大笑ひ致しました。

 私どもではよく解らないのでさる物知りに聞いたら、
「そりゃお前、此のスピード時代に一歩づつ歩いていたんでは間に合はないから、一ぺんにテムポ(10歩)づつ、歩くんだよ」と言はれて本氣にしたなんてね。然しこんな事は今始まった事ではなく、日本には昔からあったんだそうで御座いますね。天保時代と言うのがそれだそうですが....これはあまり当てにはなりません。

 兎に角こんな世相の今日ですから、あゝでもない、こうでもない最新流行なら何でもいゝ。1人がやりだすと、俺も俺もですごい流行。ご承知の麻雀がそれで御座います。
「おい、眠そうだね」
「もう連荘だもの。流石に四槓算了だった」
なんて、これで十分通じるんだそうで。私も少しばかりかじって見ましたが、あの言葉がなかなか理屈で御座いますね。中に持っているのが暗刻で、之を晒すとサラシアンだそうで、これじゃあまるでまんじゅうの話ですがね。

「オイオイ、由兄い。笑談ぢゃねいぜ。銀ブラって、こんな薄っ暗えところが銀ブラかい」
「まぁいいやな、此の字をみろよ」
「どれどれ、なに、銀二ビル。へえ〜、此処が銀座のビリケツか」
「そううぢゃあねえよ。これが銀二ビルつって建物の名前だ」
「そうか、之が銀座の丸ビルか」
「おっとこりゃなんだい!。日本スズメ院?、こりゃスズメの病院かい」
「人が嗤うぜ。俺が此の間から教へてやらうと言った麻雀をやる処だ」
「へえ、あの床屋のマー公の事かい」

「子供の話ぢゃねいやな。麻雀とは娯楽のもっともせんたん的のものにして、現今もっとも流行する....」
「よう活弁!、早い話がスズメのチブスだ」
「まぜっ返しちゃいけねい。まぁ百聞は一見にしかずだ。やらう」
「さうださうだ、百匁の牛肉は一軒のおかずだ」
「食い物と間違えていやがらあ」
「あゝやってるやってる。方々に固まってら。餓鬼が牛鍋をつつくんぢゃあるめえし、おっそろしく手が早いね」

「大きな聲を出すなよ。是が麻雀だ」
「それで何かね、此れにも流儀があるのかね」
「流儀とは違ふが、色々派があるね」
「どんなのがある?」
「日本麻雀連盟ていのが一ツ」
「ようよう、色っぽいね。れんめい、おしゅんでんべい、鈴木傳明、入り山せんべい、なんてのはどうだい」

「日本麻雀協会っていのが一ツ」
「いやに陰氣だね。やはり何かね。あの鐘を鳴らしてアーメンと言って笊(ざる)で金を集めるのかね」
「うるせいな、それから本郷麻雀会」
「フーム、そこの大将は誰だい?」
「高橋ってんだ」
「そうだらう、高橋や本郷へ行くわいなぁ。父さんは無事で・・・・」
「オイオイ、浮かれちゃいけねいやな。まだ二つ三つあるがね。そんなのが皆俺が本家だ俺が元祖だってねえ、えばってるんだ」
「何のことはねい。イモリの黒焼き屋だ。それで此処の日本スズメ院てのは、其の奥の院かい」
「そうでもねい。此処は此処でまた別だ。まぁそんなことはどうでもいいや。始め様、皆そこへ腰をかけな」

「さあて、こんなのが四組できて、あと同じものが二枚となったのが上がりで、さっき話をした東南西北とまわって一回の終わりだよ」
「訳はねい。早速やらうぜ、親決めだ」
「親決めは、やはり月で決めようぜ」
「馬鹿、お花ぢゃあるめいし」
「俺はビキだね。どうも變だなあ。四人でさしとはね。胴が二人もいて、よく札が足りるね」
「あっと、其の二萬をポンと言って....そうそう」
「成る程、ポンして得取れ、とは此の事だね」
「それそれ、其の七筒は吃して....」
「理屈だね、七筒だから吃とは」
「そらそらぼんやりするなよ。其の六萬で和了(ホーラ)だ」
「何だい、その和了(ホーラ)というのは?」
「上がりのことを支那語で和了というんだよ」
「なーる、上がりがホーラか。ああ、喉(のど)が渇いた。姉さん、ホーラをいっぱい飲ましてくれぃ」

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