Classic story 古今小説 .
(6)海上花列伝(抜粋)
海上花列伝は清朝末期の上海(シャンハイ)の花柳界を舞台にした物語(「海上(ハイシャン)は「上海」と同じ意味)。作者は韓邦慶(かんほうけい)という人物(字(あざな)は子雲(しうん)、号は大仙・1856〜1894)。童試(どうし=科挙の最初の試験)に及第して生員(せいいん=童試の合格者のこと)となったがが、その後の郷試(きょうし=地方試験)には何度受験しても不合格であった。
そこで光緒十八年(35歳)に受験を断念し、上海で出版業を始めた。そこで個人雑誌ともいうべき「海上奇書」を刊行、その「海上奇書」に、以前からの著作していた「海上花列伝」を連載した(半分を連載したあと、光緒20年(AD1894=明治二七年)、後半を含めて一挙に単行本として刊行された)。この「海上花列伝」の中にわずかではあるが麻雀シーンが登場する。
残念ながら作者の韓邦慶は、単行本が刊行された年に三十九歳で死去した。したがってこの海上花列伝だけが世に残された。そのたった1本の長編小説が、清朝末期の上海の花柳界を生き生きと描写した名作であった。
荘茘甫(そうれいほ)は突然 思い出したことがあったので、尋ねてみようとした。しかし呉松橋(ごしょうきょう)と張小村(ちょうしょうそん)が一心にマージャンをやろうととし、わざと親になって拳をはじめたので話しは途切れてしまった。
芸者たちの顔がそろうと、張小村はさっそく陳小雲(ちんしょううん)にマージャンをしようと勧める。小雲が賭け金の額を問うと、小村が一千点百ドルだと答える。「多すぎますな」と小雲。
それでも小村は極力、一度おつきあい願いたいと慫慂し、呉松橋も傍(かたわ)らで勧誘した。そこで陳小雲は洪善卿(こうぜんきょう)に「いっしょに組んでやりませんか」と聞いた。しかし洪善卿は、「私は出来ないのだから、組んでも仕方がない。なんなら茘甫と組んだらどうですか」と答える。
小雲はまた茘甫に尋ねた。茘甫は施瑞生(しずいせい)のほうを振り向いて、「あなたも組みなさい」といった。瑞生は大事なことを控えているので、慌てて手を振り、どうしても組にならなかった。そこで陳小雲と荘茘甫は、勝ち負けともに半分ずつ分け、おのおの四圏することに話しを決めた。
すると李鶴汀(りかくてい)が、「マージャンをするなら、酒は飲まない事にしよう」と云った。施瑞生はいい潮時だと思い、別れを告げて陸秀宝(りくしゅうほう)と帰ってしまった。張小村はそのいわくを知らないのでたいそう心配し、また洪善卿が興を醒ますのを恐れ、慌てて大杯を取るとなみなみとついで洪善卿に勧め、五拳のお相手を請うた。呉松橋もまた主人に代わって洪善卿に五拳を呈する。
十杯分の五拳が終わった頃には芸者達はみな帰ってしまい、ただ楊媛媛(ようえんえん)だけが、引き続きマージャンの相手として残っていた。みなは簡単に粥を食べて宴会はお開きとなる。すぐにテーブルを片づけマージャンが始まった。張小村が洪善卿に、「少しやってみませんか」と誘うと、「ほんとうに不調法なので」と言う。呉松橋は、「見ていればすぐ分かります」と云った。
そこで洪善卿は一つの腰掛けを引いて、張小村と呉松橋の間に座り、両方を見比べることにした。荘茘甫は阿片を飲みたくて仕方ないので、陳小雲に先にやってもらうことにした。サイコロを振るとちょうど小雲が最初の親となった。小雲は牌を開けてみてつぶやいた。「どうしてこうも悪いのかな」と言う。三人は早く牌を出すように促した。
そのあと四、五圏済んで小雲の番になった。ゲームが進むうち、小雲は一枚、牌を取ったまま躊躇して決しない。突然、荘茘甫を呼んで、「ちょっと見に来て下さいよ。どうしてよいか分からなくなりました」と云った。
茘甫は楊床の上から起きあがり急いできてみると、在手(ツァイショー=親)、筒子の清一色で、
の十四枚である。
茘甫はさんざん組み合わせを考えた挙げ句、一枚の三筒を抜き取ると、陳小雲に捨てさせたので、三人はみな筒子の一色だろうと見当を付けた。張小村は、「四七筒か五八筒に違いない。皆さん注意が肝心ですよ」と言う。
ちょうど小村が一筒を引き当てたが、テーブル上で一筒は熟牌(ショーパイ=場に出ている牌)であったのでそのまま捨ててしまった。陳小雲はすかざず「和了(フーリャオ)」と叫んだ。牌を開けて一同に示し、三倍計算すると計八〇和である。散家(サンチャー子)は籌馬(チョーマ=点棒)を小雲に渡した。
荘茘甫がまた云うには、「この牌は六筒を捨てるのがいいでしょう。そうすれば一四七筒でもいいし、二筒でもいい。どれくらい上がり札があるかわかりません」呉松橋はじっと考えて、「七筒を捨てるべきだと思いますね。七筒を捨てたら、三筒と七八筒が出たときに上がりにならないだけで、一筒から六筒までみな同じように上がりになります。いま一筒で上がりになったのだから、三副の稲子(ターツ=刻子)が多く、二十二和に三倍を加えて百七十六和になりますよ。まぁ数えてごらんなさい」
張小村も、「その通り、小雲さんはしくじったのですよ」と口を揃える。荘茘甫もなるほどと感心した。すると李鶴汀、「あなた方は研究を積んでいられますな。私にはそんな細かい計算はうるさくてかないません」といいながら、牌を洗い出した。
洪善卿はそばで黙々とこの勝負を考えていたが、各人各様の意見があるのを見て、初めてマージャンもなかなか容易なことではないと知った。そこでマージャンは出来ないことにして門外漢を装うのが良いと思うと、見る気もしなくなったので、つまらなそうに辞去した。楊媛媛もしばらくしてから帰ってしまった。八圏が済むと、もはや二時を過ぎていた。