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【 たんぽぽ、ゆれて 】


*この話の殺りんの設定は、「Petshop」の設定と同じです。



 新学期が始まった。この季節、空の明るさ陽だまりの暖かさに油断すると、吹き抜ける風の冷たさに思わず震える。でもその冷たささえ、新しい季節の訪れを感じさせる。おれは、優しい人達が住む豊かな自然に溢れるこの町が好きだ。
 柔らかさを感じさせる風に吹かれ、春の日差しをいっぱいに浴びている野原に目をやる。カラスノエンドウの小さな赤紫の花と春紫苑の白い花、それから絨毯のように広がるタンポポの黄色が春の風にさわさわと波を打つ。

「あれ? あの子……」

 タンポポの絨毯の上、見かけない女の子が一人タンポポの花冠を作っている。今の時期なら、そんなには珍しくはない光景。だけど、おれの目に映ったのはそれだけではない。その女の子の傍らに ――――

( ……頭が二つある、竜みたいな生き物が見えるんだけど )

 レイコさん譲りの力のせいで、おれは普通の人に見えないモノが見える。
 レイコさんと言うのは俺の祖母だ。祖母は母が幼い頃に亡くなり、おれの両親も早くに亡くなった。この町に住む遠縁に当る藤原夫妻の元に引き取られるまで、おれは親戚や他の遠縁の家をたらい回しにされた。
 その頃は、『目に見えるものが必ず実在するモノとは限らない』とは知らなくて、見えたモノをそのまま周りに言っては、嘘つき呼ばわりされたり気味悪がられたりした。学校に行っても邪魔者扱い、引き取ってくれた家の人達も持て余し、同じ家に住んでいてもおれは他所もの。おれに妖怪なんかが見えるせい、普通の人たちにはどうして見えないのだろう、どうして判ってもらえないのかと、いつも悔しいような悲しい気持ちでいた。

 ―――― 自分なんか、いなければいい。

『普通』じゃない、自分。
 だから ――――
 
 あの頃は、人間も苦手だった。
 おれにそんな思いをさせる妖怪は、大嫌いだった ――――

( あの子は気付いていないのか? 祓った方がいいんだろうか? )

 おれは、その女の子と側に立っている双頭の妖怪を見ていた。女の子は幾つも花冠を作っては、目の高さに掲げ嬉しそうに笑い、また同じ作業を続ける。

( 気付いてないんだ、あの様子じゃ。側に妖怪がいるって教えたら、きっと怖がるだろう )

 あの子に気付かれずに、妖怪を祓う。祓うと言っても、自分に出来るのは妖怪と言葉を交わす事と、最終手段の拳骨くらいだ。小学校中学年くらいの子の所に高校生のおれが近付いて、訳の判らない事やいきなり何もない空間に拳骨を振るったりしたら、それこそおれの方が『怪しい奴』認定。

( 先生に頼んだほうが良いか…… )

 そこまで考えを巡らした時、その女の子が明らかに側の妖怪に向けて花冠を掲げ、にっこり笑うのが見えた。妖怪のその女の子を見る視線は柔らかく、嫌な気配はない。

( 見えてるのか、あの子! でも…… )

 自分の幼い頃の記憶がおれの頭に浮かぶ。他の人には見えないモノが見え、恐ろしくて堪らなかったあの頃の記憶が。その頃の自分と同じような年頃、なのにあの子は笑っている。

( ―――― 声を、かけてみようか )

 よほど強くその子を見つめていたのだろう。不意に、その女の子がこちらを不思議そうな顔をして振り返る。その瞬間おれははっと我に返り、今のままでも十分怪しい奴になりそうな気がしてその場を離れた。気持ちを、その女の子に残したままで。



「……何だったんだろうね、あのお兄ちゃん」

 りんは遠ざかる少年の後姿を見ながら、阿吽に声をかけた。阿吽の姿が、二つ頭の二十センチ位のトカゲの姿になる。普通の人間に見えている、これが現在の本来の姿。それから人語を話せる一組の若い男女姿に変化させ、腰を屈めりんの顔を見ながら問いに答えた。

「……人間には珍しい妖気の持ち主ですね、それもかなり強力な。私たちの本性を見破られたのかもしれません」
「人間なのに妖気? そんな人がいるの?」
「極稀にあるようです。妖と緊密な関係だったり、土地の影響だったり。この地は昔と変わらず色んな『気』が混在して残ってますから、妖怪も住み着きやすく勘の鋭い人間はその気配を感じる事が出来るようです」

 りんはその答えを聞きながら、阿吽の頭それぞれにタンポポの花冠を載せた。

「昔みたいな…。うん、ここってきれいで懐かしい気持ちになれるところだね」
「あの頃から比べると、大地の主は人間に取って変わられ、勢いのあった森や緑はすっかり縮こまり、動物達の姿も減りました。妖を信じる者達も減り、存在出来なくなったモノも多い。都会では殆ど見かける事がなくなりました」
「……いなくなっちゃったよね、あんなに沢山いたのに」

 二人の会話は、どこか遠くの景色を見つめながら話しているようだ。

「 ―― 人に害をなす凶悪で禍々しい数多のモノを、殺生丸様が粛清されたという事も関係しているかもしれません。力の弱い妖怪や神妖は人の信じる心を畏れる心を糧としていましたから、人同士でさえ信じあう事が難しい現代では消え行くのも無理からぬ事」
「……寂しいね。阿吽も仲間と遊びたいとか思わない?」

 俯くりんの頭に阿吽は、りんが編んだ花冠の一つをそっと載せた。

「私は寂しくありませんよ。こうしてまた殺生丸様にお仕えすることが出来て、りんとも逢えた。それだけで十分です」
「阿吽……」
「大丈夫。ここには居ますよ、仲間が」
「本当!?」
「はい、多分」」
「ねぇ、阿吽。どうして殺生丸様は、ここに来ようと思われたの?」

 阿吽は周りを見回し、それからりんに答えた。

「……殺生丸様や私などのように、人の群れの中で本来の姿を隠し妖気を潜めていると、気が淀み毒気や邪気が溜まるのです。そのままでは周りに悪い影響を与えてしまいますから、こうして妖気を開放しても大丈夫そうな場所を、時折訪ねる必要があるのです」
「そんな事をしても、大丈夫なの?」
「心配はいりません。この地が全て受け止めてくれます」

 阿吽の眼が周りの景色に注がれる。近くに緑豊かな山々を望み、長い時をかけて浄化された湧き水が幾つも溢れ、澄み切った清流がこの地を潤す。自然の生気を浴びて樹木が伸びやかに生育し、森や林となっている。

「妖(あやかし)も森も草花も、全ては共に在る事が出来たモノです。瘴気で草木を枯らすものもありますが、それらが棲む所は自然と人も動物も近付かなくなり、禁域として隔離されてゆきました」

 りんが、阿吽の説明に耳を傾けている。

「それと同時に、妖との共存を選んだ『地』は結界を巡らし、それらのモノの侵入を許さなくなりました。ここに私たちが居られるのは、『受け入れられた』という事なのです」
「そっか……。ここはそんな場所なんだ」
「はい。優しい良い所です」

 阿吽の説明を聞き終わり、りんは野原の果てを見る。野原の果ては山から町の中心に続く道へと繋がっていた。あの少年が通りかかったのも、この道だった。りんの目は、町の中心へ向かう道の先を見ていた。

「殺生丸様をお迎えに行った邪見様が、戻る前にお宿に帰った方が良いけど、まだ大丈夫だよね?」
「ええ、あともう少しだけなら」

 りんはもう一つ、花冠を編み始める。
 今でもそしてずっと昔から、りんが摘んだ花も編まれた花も、あの者が飾る事はないのだけれども。

 ざわりと、風が動く。
 風が二人のにおいを、森の奥へと運んで行った。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 あの女の子の事が何となく気になる。そんな事を考え考え家の近くまで帰ってきたら、家の壁の上で日向ぼっこをしていたにゃんこ先生が声をかけてきた。

「どうした、夏目。変な顔をしとるぞ」
「あ、先生。いや、今そこの野原で珍しいものを見たから……」

 ん〜と伸びをするとにゃんこ先生が、ぽんとおれの肩に飛び乗ってきた。

「珍しい? ま〜たお前は厄介な事に首を突っ込むつもりか」
「首を突っ込むって……。おれは何もしてない。ただあの女の子には側にいた妖怪が見えていたみたいだけど、それが当たり前みたいな感じだったから、どうしてだろうと」
「女? 美少女か!?」

 からかう気満々でにゃんこ先生は、そんな事を聞いてくる。

「……普通の小学生だよ。側にいたのは頭が二つある竜みたいな奴だったけど」
「双頭の竜? それは大物だ。ここらの妖怪が騒ぎ出せねばいいが。それにしても、そんな大物が普通の小娘に付くというのが解せんな」」
「先生?」
「よし! そいつの顔を見てやろう。私をそこに連れてゆけ、夏目」

 おれは内心溜息をつく。にゃんこ先生は招き猫を依代に長年封印されていたせいで、今ではその姿に馴染んでしまっている。もともと妖怪などは、『見える者』でないと見えないもの。にゃんこ先生の場合、招き猫そのものが実体化して動き回っているから普通の人にも見えるけど、本性は巨大な犬に似た妖だ。
 妖怪の人間(?)関係は良く判らないが、にゃんこ先生の本性である斑(まだら)はかなり大物で、強大な妖力を持っていて他の妖怪達に敬われている節がある。
 にゃんこ先生曰く、『まわりの妖怪達から一目置かれる高貴な妖(あやかし)』らしい。

( それか。つまり、敵愾心ってこと? 確かに竜なら犬より上かもしれないし )

 気紛れで勝手なことばかりしている先生だけど、いざと言う時の力は本物だ。

( 力比べでも仕掛けそうだな、先生。あの竜の妖、そんなに悪い気は感じなかったのに )

 だけど、おれもあの子の事は気になっていたところだ。にゃんこ先生の眼で見れば、なにか違うものが見えるかもしれない。

「夏目!」
「判った。ちょっと着替えてくるから」
「なんだ、デートに誘われた女みたいな事を言いおって。小学生相手に格好つけるつもりか」
「……なんで、そうなる?」
「いや、お前と同類なら分かり合えるかもしれんだろ? 年の差が気になるが、そんなの私たち妖からしたら些細なこと。なにしろいい年をして女っ気皆無だからな、お前は」
「先生……」
「ん、いや。おったな、お前にちょっかい出してるのが。ヒノエもあれもいちおー女妖(おんな)か」

 へらへらと笑いながら言う先生の様子に、思わずいらっとしたものを感じる。

「うるさいよ、先生! 行きたければ勝手に行けば!?」

 おれはそんな捨て台詞を残して、二階へと上がっていった。階段を上がりながら、あの女の子の様子を思い返す。あの子は間違いなく、隣にいた妖怪が見えていた。そしてまるで友だちか何かに向けるように、笑顔で接していた。

 本当ににこにことした、明るい笑顔で。

 あの子の側にあの竜の妖怪が居なければ、本当にただの小学生にしか見えない。おれやレイコさんのように周りの人間達に気味悪がられて、避けられて仲間はずれにされているようには思えない。

 だけど、それは本当にそうだろうか?
 
 あの子もおれやレイコさんのように『人の輪』に馴染めない子なのかもしれない。ただレイコさんと違うのは『友人帳』などと言う手段ではなく、本当に妖怪と『友だち』なのだ。あの妖怪が側に居てくれるから、笑っていられるのかもしれない。

( 本当の友だちの間に、契約なんて必要ないんだよな )

 おれはいつも持ち歩いている『友人帳』に軽く手を触れた。

( 『友人帳』、か。レイコさんも面倒な物を残して逝ってくれたな )

 その昔、妖怪が見えることで周りの人々に冷遇されたレイコさんは、腹いせの八つ当たりで手当たり次第妖怪にケンカをふっかけいびり負かしていた。『友人帳』とは、負けた妖怪がレイコさんと主従契約を結ぶ証に、その妖怪の名前を紙に書かせ束ねた物。名前を書いた紙を破られればその身は裂け、焼かれれば燃え尽きるという、名前を奪われた妖怪には恐ろしいものだ。レイコさんはそれを妖怪達の前に見せびらかし、いつでも勝負を受けてやると豪語していたらしい。これに名がある妖怪は、それを手にした者に逆らえない。名前を返して欲しい妖怪や、『友人帳』を奪って自分の物にしたい妖怪などがレイコさんの前に現れるのを見越して。

 そんな事をしてまでレイコさんは、『友だち』が欲しかったのだ ――――

 階下からうるさく催促する先生の声を聞き流しつつ、そんな事を思う。

( にゃんこ先生…… )

 今のおれは、レイコさんよりあの子に近いのかもしれないと思う。
 もし、そうなら ――――

( やっぱり、あの子と話をしてみたいな…… )

「お待たせ。さぁ行こうか、先生」
「ああ、待ったとも! 私の妖気に気付いて相手が逃げてなければ良いが」
「逃げるって…、先生、何をするつもり?」
「そりゃ、決まっとるだろ! 勝負じゃ、勝負!!」

 あ〜、やっぱりとそう思う。こんな勘、当らなければ良いのに。

「でも、あの妖怪そんなに悪い奴じゃないと思う。もしかしたら、あの子の式かもしれないし」
「それならそれで、その子の存在が気にはならんか? 下等・中等の妖怪ならいざ知らず、はっきりと形のある妖怪を式に出来る者など、そうそうおらんわ」
「形のある妖怪…? おれが見る妖怪はどれも形はあるけど」

 にゃんこ先生を腕に抱え、あの野原への道を歩きながらそんな会話を交わす。

「……見えてはいても、何がなんだかよく判らんモノも多かろう? 人のような動物のような、なんとも妙ちくりんなモノが」
「まぁ、そう言われればそんな気がする」
「妖怪の中で力の強い奴は、人間そっくりな姿を人間に見せる事が出来る。ほら、肝試しの騒動の時の私のように」

 にゃんこ先生にそう言われて、ああと思い出す。取り壊し予定の旧校舎で行われたクラスの肝試し。力の強い神妖が呪縛されていたせいで大変な騒ぎになった時、にゃんこ先生はクラスメイト達を驚かせないように、なんと女学生に化けて活躍したのだ。
 先生の説明に、今まで出会った妖怪達を思い返すと、力の強い妖怪はどのどれもが先生の言葉に当てはまっていた。人型を取ってはいても、面を被り顔を見せない妖怪は力の弱い下等な妖怪な事が多かった。そして、その姿を人に見せる事が出来なかった。

「確かに。じゃ、先生の言う『形のはっきりした妖怪は大物』の条件は、人に化けた時は人の中に入っても気付かれないくらい上手く化ける事が出来る。本性を現した時は、それが何の妖怪か判る。だから、にゃんこ先生がどこからどう見ても本性が犬にしか見えないように、はっきり竜の形をしているあの妖怪も大物って事なんだ」
「そう言う事だな」

 大物か、とおれはまた小さく溜息をつく。この町にはどうしてか、妖怪の濃度が高いような気がする。

「なんだかここって、妖怪が多いな。どうしてだろう」
「……ここは、不思議なところだ。私達のような妖怪も未だ棲むことが出来る。それだけに、余所者に縄張りを荒らされるのは好まん」
「あの子や妖怪も、ここの住人になるかも知れない。縄張り云々もなんだかな」
「それでも、どっちが上かは最初に教えてやるが親切と言うもの。それに――――」

 そこでにゃんこ先生は言葉を切った。

「どこから来たか知らんが、この町で甘い認識だと、その妖怪も子どもも他の奴に喰われんとも限らん。その前に……」

 おれの腕の中でにゃんこ先生がじゅると涎を垂らす。おれは拳に力を込めて、にゃんこ先生の頭を一発殴りつけた。不意ににゃんこ先生の言葉が実体化したように、嫌な気配を持った黒い風がおれたちの背後から物凄い勢いで吹いて来た。

 ―――― 喰ウ。喰ッテヤル!!

 過ぎてゆく風の摩擦音の中に、確かにその『声』を聞き取る。
 その黒い風は、あの子のいる野原の方へ吹き抜けて行った。

「先生! 今の……」
「夏目、急げ!!」

 おれはにゃんこ先生を小脇に抱え、あの子のいる野原を目指してダッシュしていた。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 小さな地方の町。時の流れさえ緩やかな、そんな印象を受けた。週中の始業式、通常の授業が始めるのは、週を空けてから。この週末をその町で過ごそうと殺生丸が思い立ったのは、ほんの気紛れ偶然の事だった。

 阿吽が言ったように、『息抜き』の為 ――――

 それゆえに、場所はどこと定める必要も無かった。ただ自然が多く残り、万物の気質の良い所、『調和』された所であれば。大抵は山間の避暑地や別荘地などを選ぶ事が多い。ここを今回選んだのは、春先たまたま通りかかった時に見た何気ない風景の美しさを、りんにも見せたいと思っただけだ。この町の空気が、馴染むように感じたのもある。
 たいした授業内容でもなかったので学校を休ませ、その日の朝のうちにりんと邪見を出発させた。まだ陽のあるうちに、あの町に着くようにと。自分はどうしても外せない取引が午前中に入っていたので、取引終了後あとを追うようにしていた。宿などは適当に手配しておけと言っておいたので、頃合を見計って駅に迎えに来いと。

 駅前のロータリーで空港で借りたレンタカーを止め待っていると、駅前の小さな商店街を、急ぎ足でこちらに向かってくる邪見の姿が見えた。

「お、お待たせしたしました、殺生丸様」
「――――――」
「すぐ宿にご案内いたします」

 邪見が後部座席の扉を開く。ここからは、邪見が自分で運転して行くつもりなのだろう。

「りんは?」
「はい、阿吽と共に宿から少し離れた野原に遊びに行きました。りんのはしゃぎぶりを見ると、まるであの頃に戻ったようで」

 邪見の言葉に軽く頷き、後部座席に乗り込もうとした瞬間、禍々しい気を感じた。はっと振り返り、その気が放射された空間に眼を凝らす。

「殺生丸様、何か……」
「あの方角、なにがある」
「なにが、とは…? あちらはりんがいる野原の方角です。何もなかったはずですが……」

 殺生丸の全身が、ざわりとしたもので総毛立っていた。



 嫌な気配の黒い風は野原に入ると、その実体を現し始めていた。段々はっきりとしてきたその姿は、見上げるような大きな骸骨の姿。

「先生、あれっっ!!」
「がしゃどくろか!! 戦場で野垂れ死にした者の怨念が凝り固まった妖怪。それがなんでここにいる!?」

 おれ達の前にはがしゃどくろの大きな体があり、その向こうにはあの女の子と竜の妖怪がいた。やはりあの女の子は妖怪が見えている。がしゃどくろの恐ろしさに、顔色が真っ青になっていた。竜の口から火炎が吐かれる。がしゃどくろの身体を突き抜けた火炎の一部がこちらにも届き、前髪が少し焦げた。

「やばい! このままじゃ、このあたりが大火事になってしまう!!」
「ちっ! 私があいつを抑える。夏目はあの娘を安全なところまで連れてゆけ!!」

 にゃんこ先生の体が光り、内側から大きく膨れ上がってくる。次の瞬間には、変化を終えたにゃんこ先生の本性である犬妖・斑(まだら)の巨大な白い姿が現れていた。

「殺生丸っっ…!!」

 がしゃどくろがにゃんこ先生の姿に気をとられた隙に脇を走りぬけ、女の子の側に寄る。にゃんこ先生の姿を見て、女の子が何か叫びかけ途中で言葉を切った。おれはそれを少し不思議に思いながら、その女の子に話しかけた。

「君っ! ここにいちゃ危ない!! 早くここから離れるんだ!」
「あ、でも…、あたし……」
「大丈夫! 先生は強いから!! だから、あの式に火を吐くのを止めさせてくれ! このあたり一帯が大火事になってしまう!!」

 こんな状態なのに、この女の子はすぐに状況を受け入れてくれた。

「阿吽! 火を吐くのは止めて!!」

 女の子の声に、竜の妖怪は大人しく従った。

「お前はお前の主を守れ! こいつは私が倒す。強い相手を選んで戦いを仕掛けてくるような奴だからな」

 そうにゃんこ先生は竜の妖怪に命令し、自分はおれ達とがしゃどくろとの間にその巨体を挟む。にゃんこ先生の口元が、おもしろそうに歪んでいた。
 がしゃどくろと対峙するにゃんこ先生。その後ろには阿吽と呼ばれた妖怪、そしておれとその妖怪の主と思われる女の子。

「夏目、早く行け!!」

 轟くような声でそう言い放ち、にゃんこ先生はがしゃどくろの腕に喰らい付いていった。おれはにゃんこ先生の言葉どおり、女の子を野原の端まで連れてゆく。

「ほら、危ないから近くの神社まで行くよ。そこまで行けば多分安全だから」
「あの、でも、あの妖怪は……」

 心配そうににゃんこ先生を見つめる女の子。その瞳には、目の前で繰り広げられている妖怪同士の戦いを恐れる風もなく、心からにゃんこ先生を案じているのが感じられる。

「……怖くないの? 君は」
「うん、大丈夫。もっと怖い目にもあった事があるから。さっきのは初めて見る奴だから、ちょっとびっくりしちゃった」

 女の子の眼は、戦うにゃんこ先生の姿を一心に追っている。にゃんこ先生はがしゃどくろの腕を一本折り取ると、今度は肩にその鋭い牙を突き立てていた。風を切るような身のこなしに、長く豊かな尻尾が舞うように空を踊る。しなやかさと逞しさを感じさせる全身の筋肉の動きは、恐ろしいという感覚が麻痺してしまえばその見事さに我を忘れるほど。
 にゃんこ先生ががしゃどくろの肩を噛み砕き、肋骨の何本かを折ったところで相手は姿を黒い風に変えて逃げ去って行った。それを見送り、くるりととんぼを切るとにゃんこ先生はいつもの招き猫姿に戻っていた。その姿で、あの女の子の足元に近付く

「ほぅ、なかなか度胸のある娘だな。お前、見えているのだろう? 妖怪が」

 あの招き猫の眼を弓なりの形に細めて、物珍しげににゃんこ先生は女の子に話しかけた。

「はい。あっ、危ない所を助けてもらってありがとうございます!!」

 不細工な猫が人語で話かけているというのに、驚きもせず女の子はまず真っ先に礼を述べた。おれが気付くと竜の姿だった妖怪も、人の姿を取っていた。

「我が主に成り代わり、お礼申し上げます。もしりんの身に何かあれば、取り返しのつかない事になるところでした」

 竜の妖怪の言葉ににゃんこ先生は鼻をひくつかせ、納得したと言う様に頷いた。

「お前の主も妖怪、それも稀に見る大妖怪と見受けた。がしゃどくろはその娘についた大妖怪の臭いにつられて、お前達を襲うおうとしたのだな」

 大きな頭、丸々としたユーモラスな体に似合わぬ重みを感じさせる声で話し続ける。そんなにゃんこ先生を不思議そうな顔で、りんと言う名の女の子が見つめる。

「あの……、猫ちゃんなんですか? さっきの姿は犬に見えたんだけど?」
「先生の本性はあれだよ。長い間招き猫を依代にして封印されていたから、形に馴染んでしまっているんだ。この姿なら、普通の人にも見えるんだけど、あの姿は見えない」
「お兄ちゃんも、見えるんですよね? この町には、たくさん妖怪がいるんですか?」

 女の子の瞳が、期待の光を浮かべている。同じ『見える者』同士のはずなのに、自分とこの子の違いはなんだろう?

「いるよ、この町だけじゃない。他の町にもたくさんいたよ」
「たくさん? えっ、りん気が付かなかったけど……」

 不思議そうに、少しびっくりしたように女の子が呟く。

「最初見えていた人も、途中から見えなくなる事があるそうだよ。君の場合もそうかもしれない。ただ、その竜の妖怪は君の友だちだから、今も見えているんじゃないかな」
「うん、そう… そうかも知れない。りんが見えたのも、もうずっと前の事だったし、その頃は妖怪も普通に誰でも見えてたし」

 女の子の答えに、にゃんこ先生が反応した。

「……そのずっと前とは、一体どのくらい前なんだ? お前の今の歳から考えても、仮にお前が赤ん坊の時の話だとしても、その頃はもう妖怪を見る者は稀で、たいてい周囲から変な目で見られていた」
「にゃんこ先生……」

 にゃんこ先生の眸は、獲物を見つけた時の様に金色の光を強めながら、すっと細められていた。

「ずっと、ずっと昔だよ。この国のいろんな所でお侍さん達が、戦をしていた頃だから」
「えっ…? それって……」

 目の前の女の子の言葉に、この女の子が只者ではないだろうと言ったにゃんこ先生の言葉が当っていたのを、おれは感じていた。

「娘、お前『前世憑き』か」
「はい」

 女の子が、素直に頷く。

「先生、前世憑きって?」

 おれは初めて聞く言葉に、その意味を尋ねる。

「この娘は、生まれる前の記憶を持っていると言う事だ」
「生まれる前の……」
「そうだ。前世でどうやって生き、いろんなモノ達と出逢い別れ、どうやって死んでいったか。それを覚えている、業な事だ」

 にゃんこ先生の言葉の意味が、あまり良い意味合いのものではないと、女の子も感じ取ったのだろう。小さな声で、精一杯の気持ちを込めて反論する。

「信じてたから、辛くなかった。また絶対逢えるって判っていたから!!」
「君……」

 それからもっと小さな声で女の子は、自分の過去世の事を語り始めた。

「りん、その時代で一人ぼっちだった。りんが小さいうちにお父さんとお母さんとお兄ちゃん達をいっぺんに殺されて、りんだけ生き残った」
「仕方がなかろう、そんな時代だった」
「うん、そんな時代だった。りんね、目の前で家族を殺されて、口が聞けなくなった。心も凍り付いて、人前で笑うことも泣く事も出来なくなってた」
「それを、覚えている……?」

 にゃんこ先生の言った『業』と言う言葉を、ずしっと重く感じる。

「りんが住んでいたのは貧しい村で、ろくな働きも出来ないりんは村のお荷物邪魔者だった。口が聞けない、笑わない娘だって気味悪がられて随分苛められたよ」
「…………………」

 おれは妖怪が見えることで、人の輪に入ることが出来なかった。
 この女の子は、幼い自分の世界全てを奪われた上で人の輪から弾かれた。

「村の誰もりんの事なんて構ってくれなくて、寂しくて寂しくて。そんなりんに声をかけてくれたのが、殺生丸様」

 殺生丸。

 古めかしいその名前はあの時、にゃんこ先生が変化した時に女の子の口から零れかけた名前。

「強くて怖くて、人間嫌いで……。でも、りんが村の人たちに殴られて顔を腫らしていたら、どうしたんだって聞いてくださったんだ。りん、それが嬉しくて家族が死んでから初めて笑うことが出来た」
「人間は自分可愛さに、どんな非道な事もやるからな。人間と言う生き物の性質の悪さは、自分たちが『良いもの』だと思うておることだ。そのくせ些細な事で、良い事をしていた人間も掌を返したように酷い事をする」
「先生……」
「そうであろう、夏目。同じ食い殺されるでも、いつか喰ってやる覚悟しておけと言われている場合と、そんな事ないぞと言って相手を安心させておいていきなり喰らわれるでは、どちらが心の傷が大きいかという事だ」

 にゃんこ先生はにやりと笑って、おれの顔を見た。

「……覚悟していようといきなりだろうと、どちらも喰われるのはごめんだ」

 寝ぼけて喰われかけた時から、こんな時は顔面に拳骨を一発お見舞いする。にゃんこ先生だって『友人帳』を欲しがっている妖怪の一匹。誰にも見返られる事のなかったレイコさんの事を、覚えていてくれた妖(あやかし)。孫の自分だけはせめてレイコさんの事を覚えていてやりたい、その為にも『友人帳』は誰にも渡せないと言ったおれに、それなら『お前が死んだらそれを私に寄越せ。友人帳を狙って、これからも色んな妖怪がお前を襲うだろう。そいつ等からお前を守ってやる代償だ』とか言って、押し掛け用心棒になった。
 それから度々繰り返される、このやりとり。おれとにゃんこ先生のやりとりを見て、女の子が笑う。

「お兄ちゃんと猫ちゃん、仲良しだね。友だちなんだ」
「どこが! 私とこいつとの関係は飼い主とペットの関係だ!!」

 ほぼ同時に、同じ台詞をおれも口にしていた。
 それを見て、女の子はますます笑い転げる。

「りんは阿吽とは友だち。でも、殺生丸様とは……」

 言いよどんだ、女の子の言葉の意味はなんだろう。
 
「あの村にりんの居場所はなかったから、りんは殺生丸様の後についていった。それからずっとずっといつも一緒」
「村の人たちに酷い事をされたから、人が嫌いになった?」

 女の子はふるふると頭を横に振る。

「仕方ないもん、そんな時代だから。居場所がないのが、独りだったのが嫌だった。あたしが殺生丸様のお側に居場所を見つけて、一緒に居たいと思ったから独りじゃなくなったって事なんだ」
「……………………」
「そうして、やっとりんはりんらしくなれた。酷い人もいたけど、その人もいろいろ大変な事があったんだろうなって思えたし、優しい人の方が多かった。でもそんなに優しい人達がいても、りんには殺生丸様が一番だった」
「お前、その妖怪についていって、それからどうしたんだ? 最後はそやつに喰われて腹の中に入ったのか?」
「ずっと旅を続けたよ。りんは人間で殺生丸様は大妖怪だったから、あんまり長くは一緒に居られなかったけど。それでもりんは、幸せだったよ」

 そんな事まで、こんなに幼いのに覚えているのか。
 それは、辛くはないのだろうか?

「ああ、人の命は儚いもの。お前は旅の途中で息絶えたのか」
「うん。でも殺生丸様は待ってるって言って下さった。人は生まれ変わる事が出来るから、いつまでも待ってるって。だからりんも生まれ変わっても絶対に忘れない! って、そう思ったの」

 妖怪が見えるから不思議な事に巻き込まれることが多いけど、こんなにも『情』を不思議だと思ったことはない。
 そう、怖いくらいに。

「……今生で君は、その妖怪に出遭えたんだね? そしてまた、旅を始めた。でも、今の君のご家族は、君を探しているんじゃ ―――― 」

 一度小さく頭を横に振る。

「あたしの両親は、あたしがまだ赤ちゃんの時に事故で亡くなりました。あたしが助かったのが不思議なくらいの大事故で。誰も引き取ってくれる人がいなかったから、すぐ施設に入れられたんです」

 自分の境遇と女の子の境遇が、微妙にすれ違いながら交差する。

「だから両親の事は殆ど覚えていません。覚えていたのは、誰かがずっとあたしの事を待っていてくれると言う事だけ。さっき話した事も、本当は殺生丸様があたしを探し出し迎えに来てくださるまで、思い出せなかった」
「……その事故も因縁めいとるな。お前が助かったのは、お前の魂にその妖怪の想念が染み込んでおるからだ」

 招き猫姿なのに、にゃんこ先生はその女の子のまわりをくんくんと犬のように嗅ぎ回る。

「その妖怪の新しいにおいと古いにおいが混じっておる。娘、お前今生では妖怪を見なくなったと言ったな。それは、このにおいのせいだ。ヘタレな現在の妖怪ならば、これほど強烈な妖力の持ち主を敵に回したくはないだろう」
「そっか…、そうなんだ」

 女の子の顔に、また笑みが浮かぶ。

「りんを待って、あまりに長い時が流れたから、もう妖怪はこの世にいなくなっちゃったんじゃないかって思ってた。殺生丸様と阿吽だけじゃないかって。そんなのは寂しいなって。でも猫ちゃん先生もいるって判ったから、りんちょっと嬉しい」 

 その笑顔が、答え。
 おれが辛くはないのだろうかと思った、胸の中の問い掛けへの答え。
 この女の子は、その妖怪に出会うことで自分の世界を手に入れた。

 人と妖は、そんな交わり方も出来るのだ ――――

「りん、見知らぬ者達に気安く身の上を話してはなりません。私の事は捨て置いても、殺生丸様のお身に関わります」

 物静かに若い男女一組の妖ものが、女の子を諌めた。

「大丈夫だよ、阿吽。猫ちゃん先生やこのお兄ちゃんになら判って貰えるって、そんな気がする」
「えっと、君……」
「りんの事は、『りん』でいいよ。お兄ちゃんは?」
「おれは夏目貴志。夏目でいい」
「目上の人を呼び捨てには出来ないよ。じゃ、夏目のお兄ちゃんて呼ぶね。嬉しいなぁ、殺生丸様や阿吽の事を隠さずに話せる人に出会えるなんて」

 どこか似た感じを受けていたのは、これ。
 この子も、おれと同じように妖怪の事を話せる相手を探していたんだ。そして、妖怪を見る事が出来る者の多くが、その存在を忌避し疎ましく思っているのに対し、りんは妖怪と共に生きる事を選んでここにいる。

 おれより、少し先の場所に ――――

「おい、夏目」

 にゃんこ先生がおれのズボンの裾を引く。見るとにゃんこ先生の体の毛が総毛立っている。それと同時に、さっきのがしゃどくろとは違う、もっと鋭くて突き刺すような妖気をおれは感じた。

「先生、これ……」
「判るか? 夏目。あれが、りんに憑いている妖怪だろう」

 ふううぅぅと言う荒い息遣いさえ聞こえそうなにゃんこ先生の口から、そんな言葉が漏れる。にゃんこ先生の視線を追い、野原の横の道の向こうを見ると、丁度一台の車が止まった所だった。後部座席のドアが開いた途端、津波のような巨大な妖気の塊が辺りを襲う。

( なんだ、この妖気の塊は!! )

 その勢いに、息苦しくなる。にゃんこ先生の形相が変わりかけていた。

「殺生丸様!!」

 車から下りてきた者が誰かを察し、りんが嬉しそうな声を上げて駆け寄っていった。りんとの距離が縮まる程に、その妖気の強さはすぅうと収まってゆく。その者の前でりんが立ち止まり、何か嬉しそうに話す様子が見て取れる。ほんの少し西に傾きかけた太陽の光の下で、その者の姿は白銀(ぎん)色に輝いて見えた。

( 先生の…、いや斑と同じ毛並みの色だ )

 りんがこちらを見ながら、この野原で起きた事を話しているのだろう。その『殺生丸』と言う名の妖怪が、にゃんこ先生を睨み据えた。にゃんこ先生の金色の眸の光とその妖怪の金色の眸の光が、ぶつかり合う。ほんの僅か、微動するだけでちりちりと肌が切れそうな感じ。自分達を包む空気に、切れ味鋭い刃物が仕込まれたような緊迫感は、たっと野原に走りこんだりんの行動で解けた。がしゃどくろに襲われかけた所で何かを探し、それからこちらへと戻ってくる。

「ありがとう猫ちゃん先生、夏目のお兄ちゃん。日曜日までりん達ここにいるから、また会えたら良いね」

 野原で作っていたタンポポの花冠をにゃんこ先生の頭の上に乗せ、おれの手にも持たせる。あの妖怪はすでに車に乗り込んでおり、りんが戻ってくるのを待っていた。そして、おれ達には一言も発しないまま、立ち去った。

 にゃんこ先生の逆毛だって膨らんでいた体が、元に戻る。

「……阿吽と言ったか、あの妖怪。あやつの言った意味が良く判るな。確かにあの娘に何かあれば、ただでは済みそうにない」
「おれ、背中が冷や汗でびっしょりだ」
「あれらの主の、あの視線。あれは自分の獲物に手を出すなと言う警告だ。あの娘と迂闊に仲良くなると、あの妖怪にお前殺られるぞ」

 ……あの子とあの妖怪の間にあるものは、もしかしたらおれが思っているものとは少し違うのかもしれないと、そんな気がした。

「あれ、夏目君? あっ―!! にゃんこ先生っっ!!!!」

 あの子の乗った車を見送った道の反対側から、知っている者の声が聞こえた。

「た、多軌……!」

 多軌の視線はおれにではなく、おれの足元にいるにゃんこ先生に注がれる。

「あ〜ん、今日のにゃんこ先生、一段と可愛い!! タンポポの花冠が良く似合ってるっっ!」

 ……多軌はおれのクラスメイトで、おれが妖怪が見えることやにゃんこ先生が本当は妖怪だって事を知っても、普通の友人として接してくれている。むしろにゃんこ先生(招き猫実体化)の方に惚れこんでいて、発作的ににゃんこ先生を抱き締める癖がある。

「どうしたの、それ? 夏目君が作ったの?」
「……いや、今日ちょっと知り合った子が、別れ際にくれたんだ」
「そう、その花らしいね」
「らしい?」

 多軌の腕の中で、ジタバタしているにゃんこ先生の頭から落ちた花冠を拾い上げながら、俺は多軌の言った言葉の語尾を繰り返していた。

「タンポポの花言葉だよ。『さよなら』って意味があるから」
「そうなんだ……」

 手元のタンポポの花冠を見つめる。どこにでもある春の野花。明るい黄色の色が、あの子らしいと思えた。本当に普通の女の子だった。おそらくあの子自身には、おれみたいな妖力や霊力なんかはないだろう。可愛くはあっても、人目を惹くような美少女でもない。それでも、あの物凄い妖怪は今生での出逢いを待ち続けて、長い時を過ごしてきた。

( さよなら、か…… )

 もう小さな影さえ見えない道の向こうを見ながら、死んで尚、切れることのない絆を妖怪と結んだあの子にとって、『さよなら』はどんな意味のある言葉なのだろうかと、おれは考えていた。

【終】
2009.4.16 

 
【 花言葉:飾り気のなさ 真心の愛 別離 】 


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