sai再び

 〜1〜


佐為は何もない空間をゆっくり歩いていた。

遠くに光が見える。

あの光の向こうには極楽浄土が待っているのだ。

辺りには彼の他にもたくさんの人が、そこへ向かって歩いていた。

それでも先ほど見た地獄へ向かう道の混雑に比べたら、繁華街と早朝の高速道路ほどに違う。…とは佐為は思わなかったけれど、とにかくこちらの道はすいてい
た。

ずいぶん長く歩いたように思ったが、全く疲れはない。佐為の心は満たされ澄み切っていた。

ヒカルに『さよなら』を言えなかったことだけが、心残りだった。

でも、佐為の想いは確かにヒカルとヒカルにつながる者達に継がれるはずだ。


実は一度だけ、ヒカルの夢の中へ会いにいった。

あの世は大混雑で、極楽・地獄のどちらへ行くかの審判には常に長い行列が出来ている。

しかし、初めに受付を済ませておけば、名前を呼ばれるまではヒマで仕方ないのだ。

いっしょに受付をしたおじいさんなど、どうせ半年一年は呼ばれんから、わしゃあ、来年の今頃にまたくるわ〜などと言って帰ってしまったくらいだ。

佐為も一瞬そうしようかとも考えたが、留守の間に順番を抜かされるのも悔しいので、大人しく待つことにした。

しかし、あまりにヒマなので夢の中に行ってみたという訳だ。

久しぶりに見るヒカルは、なんだかずいぶん大人びてみえた。

自分が突然消えたことに、どれほどヒカルが傷ついたのか、そこからうかがい知ることができるようだった。

申し訳ない反面、成長したヒカルが誇らしくて、佐為は安心してこの世を去れると思ったものだ。

(これでもう思い残す事はありませんよ。さよなら、ヒカル)

佐為は改めて心の中でヒカルに別れを告げた。


やがて先頭の集団が満ち足りた顔をして消えていく、その表情がわかるほどに光の門に近づいた。

ああ、自分も…と佐為が恍惚とした瞬間、いきなり背後から腕をつかまれた。

驚いて振り返ったそこにいたのは、黒い長衣に黒い翼を背中に生やした眼つきの悪い兄ちゃんだった。

「やっぱり、コイツだコイツ!やあっと見つけたぜ!オイ、あんた”フジワラサイ”だよな!?」

有無を言わさぬ調子に佐為はビビリながら、

「え、ええ”藤原佐為”は私ですが…」と答える。

(ちょっと響きがちがった気がしますけど、指摘するのがコワイ)

兄ちゃんは佐為の答えに満足したのか、大きく背後を振り返って怒鳴った。

「おーいっ!tutui!!こっちだ!!見つけたぞ〜〜〜!」

(ん?ツツイ?はて、どっかで聞いたような…)

「kaga!見つけたってホント!?」

(カガ!?そ、そーいえばこの人、加賀にそっくりじゃありませんか。ということはツツイって)

などと思ううちにtutuiと呼ばれた方が近くにやってきた。

今度は白い長衣に白い翼を生やした眼鏡の青年である。

(やっぱり〜〜〜!)

なんでこんなところに加賀と筒井さんが?と、混乱してる佐為を無視して二人はなにやら話し始めた。

「あれ?kaga、この人、違うんじゃない?なんか雰囲気が…」

「長い髪!耳にピアス!名前もフジワラサイだってさっき本人が言ったんだ。間違いねーだろ?」

kagaはそう言って懐から、なにやら紙切れを取り出して、

「顔だって」佐為の顔の横に並べて見せた。

「ホレ!この通り同じじゃねえか」

佐為は顔の横の紙切れをのぞいてみた。白黒の『写真』と呼ばれるモノのようだった。

そこには確かに長い髪に耳にピアスの自分とよく似た人物が写っている。

しかし、それをひと目見た佐為は自分ではないとすぐにわかった。だって…。

佐為は「人違いですよ」、と言おうとした。

「よっしゃ!じゃ急いで行くぞ。早くしないと時間がもうねえ」

口をひらく間もなく再び腕をがっちり掴まれた。あっけにとられる間にkagaは2〜3度大きく羽ばたきすると佐為を連れて宙に舞い上がった。

「ぎゃあぁぁっーーー!!!」

初めて空を飛んでパニックになった佐為は、たちまち何を言おうとしていたのか忘れた。

「なんか違う気がするんだけどなあ?」

それを見送ったtutuiもそう繰り返しながら、やがてkagaを追って舞い上がった。


佐為が連れていかれたのは、なんだか薄暗い一室だった。

そこにはおびただしい機械につながれて、人影が一人横たわっていた。

その人影に向かってkagaがいきなり佐為を突き飛ばした。

「あいたっ!な、なにするんですか、いきなり…」

佐為の抗議は速やかに無視された。首をかしげて

「あれ?おかしいな?すんなり入らねえ。…そっか、時間たちすぎてズレちまったんだな、きっと。よし!」

一人納得したkagaは佐為の後頭部を片手で鷲掴むと、むんず、と人影に押し付けた。

「あいたたたたたた〜っ!」佐為の悲鳴が上がる。

おろおろするtutuiも無視してkagaは容赦なく力を込めるが、なかなか思うようにならない。

やがてついにぶち切れた。

「コイツ!ええい、さっさと入りやがれっ!!」

kagaの気合の怒声を最後に佐為は気絶した。

…なので、以降の二人の会話を聞いていない。


「ねえ、kaga…」ややあってtutuiが呼びかけた。

「ん?なんだ?」

kagaは仕事をひとつ片付けて、すっきりさっぱりした顔で振り返った。

「いま強引に押し込んだ魂って、髪、何色だった?」

「何色って、黒だろ?キレイな黒髪だったぜ」

「だよね。じゃあ、そのベッドに寝ている人は…?」

「なんだよ、黒に決まって…!!」

kagaは凍りついた。tutuiも固まっている。

ベッドには包帯とシーツに半ば隠れていたが、たしかに金色の髪がのぞいていた。

(なんで色が違うんだ!?まさか…!)

魂が本人のものなら、外見も同じはずなのだ。染めていても彼らにはわかる。

「ぬ、抜けっ。抜くんだtutui!今ならまだ間に合う!」

しかしムリヤリ押し込んだのが悪かったのか、佐為の魂はその身体にきっちりはまってしまっていて、二人がかりでもどうにもならなかった。

せっけんだ、油だ、と錯乱する二人。

「だいたい上の連中が悪いんだっ!今時、白黒写真なんか使うから!」

「そんな事いまさら言っても仕方ないよっ。ああ〜っもう時間が〜!」

その時。

”チャラリラリラリラ、ラリラリラ〜♪”

tutuiのローブのポケットから『渡る世間は鬼ばかり』のメロディが流れ出した。

セットしておいたアラームが鳴り始めたのだ。

それを聞いたとたん、二人はがっくりと床に崩れ落ちた。

薄暗い病室にメロディがこだまする。

二人は呆然とした。

しかし次の瞬間飛び起きて

「逃げるぞ、tutui!どうせもう間に合わねえ。人違いだってかまうもんか、コイツだって現世に戻れて喜んでるって!」

「そ、そうだよね。よし、逃げよう!とにかくこの身体が死ぬことだけは絶対マズイ!」

「そうそう!中身が多少入れ替わったって、ノープロブレムだぜ!」

実はこの二人、天使と悪魔である。二人一組で人間の魂をあの世に運ぶのが本来の仕事だ。

しかし先日、事故が起こった。本来死ぬべきでない人間の魂を、死神が間違えて狩ってしまったのだ。

その事故処理のために今回は特別任務にあたっていたのだった。

その特別任務とは、先ほどアラームが鳴った時間までに、すでにあの世に送られた魂を見つけ出して身体に戻すというものである。

ところがあの世は近年の人口爆発と戦争のせいで、常に大混雑の状態なのだ。

kagaとtutuiは中々魂を見つけられずに焦っていた。時間までに魂を戻せなければ、身体が死んでしまう。

焦っていて、間違えた。

そして―。

二人が逃げ去った後、病室には見知らぬ身体に押し込まれたあわれな棋聖がすやすやと寝息をたてていた。


翌朝、病室にやってきた看護士は驚いた。

昨日まで意識不明だった患者が、きょとんとした顔でベッドに起き上がっていたのだから当然だ。

だが、佐為はもっと驚いていた。自分はたしか極楽に至る門の前にいたのではなかったか?

(これは、夢でしょうか?そういえばなんだか恐ろしい夢をみたような…)

看護士が医者を呼びに転がりながら病室を出て行くのを見送って、佐為はそっとベッドから降りてみた。

(なんて生々しい夢でしょう。生身の感覚がありますよ、コレ)

その時、さらり、と髪が前に流れた。

(え?金色?)

しかもなんだか身体がヘンな感じがする。…下が軽くて、上がオモイのだ…。

「まさか…」

おそるおそる自分の身体を見下ろして佐為は夢が現実であることを知った。

それも悪夢である。

自分が狩衣姿ではないことには佐為は驚かなかった。

しかし鎖骨の下には、控えめだが確かな膨らみがあった。

「なんです!?これっ!」

その時、ガラスに映る人物に気がついた。自分が右手をあげると同じように手をあげる。

そこには金髪碧眼の大女が映っていた。

(!!!!!)

―数分後戻ってきた看護士が見たのは、ガラスの前で気を失ってる患者の姿だった。
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