「へぇー」

音楽室は、思っていたよりもずっと広いものだった。

眞子の言うとおり、何人かが思い思いに練習している。

「そういえば、眞子は何やってるの?」

「ソプラノフルートよ」

「偶然だな。俺もそうだったんだ」

本当は専門が違うのだが、嘘を言っているわけではない。

「ところで、今はどんな曲を練習してんだ?」

「これよ」

ソプラノフルートを組み立てながら、楽譜を渡してくる。

その楽譜には見覚えがあった。

それは、いつか母さんが聞かせてくれた、思い出の曲……。









〜memory of melody〜










「懐かしいな…」

思わずつぶやいてしまう。

「へっ…?」

「気にしないでくれ」

「う、うん…」

練習の邪魔にならないように、少し離れたところに移動する。

いくつもの音の中に、眞子のものも加わる。

「……」

不協和音の中で、眞子の音が一際目立っているのがわかる。

間違ったりすればそこで止めてしまう者もいるなかで、眞子は止まらない。

そして何より、上手い。

「すごいね」

「そう? けど、いくつか失敗しちゃったから」

気づいてはいたが、それほど違和感があるわけでもなかったと思う。

「楽器は自分で用意しなきゃならないの?」

「先生がいないから、楽器がしまってある部屋はあかないのよ」

「んー、自分のは家においてきちゃったからなぁ」

こうしてぼーっと見ているのもつまらないので、俺もやってみようかなと思ったのだが。

「あたしの使う?」

「……へ」

それはつまり…。

「ちゃんと拭けばあたしは気にしないけど」

ちゃんと、という部分を強調して言う。

「なら、少しだけ」

そういって俺は借り受ける。

そして、ゆっくりとソプラノフルートを吹き始めた。

先ほど眞子が吹いたものと同じ曲を。

………………。

「……ふぅ」

演奏を終え、口を離す。

久しぶりに吹く曲だから不安だったが、思ったよりはなまってなかった。

「あれ?」

ふと気がつくと、部屋全体が静かだった。

少しの静寂。

そして――

パチパチパチパチ……。

眞子を除く全員が、なぜだか拍手をし始めた。

「いったい何が…?」

状況がさっぱりわからない。

「すごいじゃない!」

口の部分を拭いて眞子に返す。

「そうかな?」

「そうだよ」

…そうなのか。

自分ではよくわからないが。

「入部しない?」

勧誘してくる眞子。

…てか、いいのか先生通さんで。

「私からもぜひお願いしたいわ」

うわ、上級生まで出てきた。

「あ、部長」

しかも部長かい。

「一人暮らししてていろいろ都合もあるので、それでも構わないのでしたら…」

そう答えていた。

というよりも、ほかに選択肢はないように感じる。

「ええ。それじゃ、かんげいするわ。ええと…」

「牧野です。牧野透也」

自己紹介をする。

こうして、俺は吹奏楽部員となった。








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