雪嵐、星の屑 (4)





ただ想っていたのは、いつもの微笑を浮かべない、傷ついたジョルジュのこと。
一歩戦場に出れば、そのこころを隠して毅然と振る舞う主の姿。
そして、別れる前に、気付けなかった彼女の涙の理由。




護ることが、全て。





◆◇◆◇◆





おさまることなど無いと思われた激しい吹雪も、その勢いを弱めていって。夜が明ける。
その場の全員が、空が白み始めるのを目にした。
ロディとルークも、ナバールも、エッツェルも、そしても。

「チキ・・・!」
静けさを取り戻した神殿の片隅で、竜の少女とマルスは、再会を果たしていた。


そして。
しんしんと降る雪の中、朝陽は彼の目にも届いて。
ウェンデルの、安堵と疲労の混じった長い長い呼気。
「・・・良かった!」
マリーシアは疲れ切った表情ながら、笑顔を浮かべてその瞳をごしごしと擦った。





神殿の外からまだ竜は途切れ途切れに襲ってきたが、まっすぐに飛んでいくの矢が、綺麗に竜の目を射抜く。
ルークはその巨体を斬り裂いて、倒れたのを確認してから、外壁の上に立つ彼女を振り返った。
「なんつーか、あれだな」
「え?」
「こういうのを、杞憂、って言うんだよな」
ショックを受けているんじゃないか、とか。
戦いに影響が出るんじゃないか、とか。
実際戻ってみれば、まったくそんなことは無く。
いつも通りの、背筋をピンと伸ばした美しい姿勢で、力強く弓を引く彼女は、いっそ清麗ですらあった。
「?」
意味がわからずに曖昧に首を傾けるに、ルークはそれ以上何も言わずにただまたこちらへ向かってくる竜を指差した。もしょうがなく、再び弓を手に取る。
「結構心配したんだっつーの」
ぼそりと呟いて、そのまま口を閉ざす。彼女には聞こえていない筈だったけれど。
「ルーク!ありがとう!」
が叫んでにこりと笑うので、まあいいか、と彼も再び剣を構えた。
まったく、本当に心配のし甲斐がない。
たまには弱った姿でも見せて、甘えてくれてもいいぐらいなのに。
・・・とは思ったが、気分は良かった。

それでこそ第七小隊の隊長だよな、と。




◆◇◆◇◆




「なるほど、撤退した敵がいたのか」
エッツェルはそう言って笑った。
ナバールが、本陣に戻る前に気にしていたのは、それだったのではないか。
あくまで推測ではあるが、あながち間違いでは無いだろう。
「しかしリザイアは、何とも嫌な魔道だ。無事で良かった」
疲れ切ったウェンデルとマリーシアに代わり、彼はジョルジュの手当てに来ていた。
特に重傷であったので、神殿内で落ち着ける小部屋に簡易ではあるが一部屋、彼に部屋を宛がってある。
残念ながら老体や女性の多い癒し手であるから、戦闘後とはいえ体力のあるエッツェルが働かざるをえない。本陣の方ではリフとユミナが目まぐるしく杖をかざしているのだから、もう少しは頑張れそうだ。
「そうだな。あの感覚は言い表し難い。エッツェル殿も、無事で何よりだ」
まだ本調子には程遠い、横になったままのジョルジュは、目立たない程度ではあるがよく見れば小さな傷だらけになっているエッツェルに気付き苦笑した。
ナバールに振り回されたに違いない。
「・・・それを」
机の上を視線で示して、彼が小瓶を取り上げたのを確認してから、続けた。
「自分に使うといい。疲れただろう」
いつもより、数段優しげな笑顔で。
「オレは大丈夫だ。多分・・・殺す気は無かったんだろうな」
少しだけ深刻味を帯びた声に、エッツェルは顔を上げたが、ジョルジュは睡魔に負けたようだった。そこで、声は途切れる。
(危うく死にかけておきながら・・・)
あんたもお人好しだったんだな、と。思ったが口には出さない。
貰った傷薬を塗り、使い終わった包帯をくるくると巻きながら、もう一度だけ、一応声をかけてみた。
「せめて、に会うまでは起きていたらどうだ?心配していたようだが」
しかしもちろん返事はなく。
その規則正しい寝息を背に、エッツェルは部屋を後にした。

こっそりと辺りを窺うようにその部屋を訪れるを見かけたのは、そのすぐ後のこと。
なんとなく申し訳ないことをしたような気になったが、声をかけることは出来ずに。
エッツェルは、ただその姿を目で追っただけだった。
「吹雪か・・・」
見上げた空からは白く穏やかで柔らかな雪がゆったりと降りていて。
荒れ狂った雪嵐の余韻は、ない。

ただ、葉を散らした木々だけが、それを思い出させるようだ。
ロディが落ち葉を一枚拾い上げるのを見て、ふとそう考えた。




マルスが全軍を集めた時、その後ろにはきちんと澄ましたの姿があった。
彼女の機嫌が悪そうに見えるのは自分だけだろうけれど、やはりジョルジュは目覚めなかったのだろう。
(全くあの人は)
エッツェルは、最後尾で一人笑いを堪えた。
それも彼らしいような気がした。
ジョルジュがここで、護りたいものを増やしたことだけは分かったから。
(俺も・・・何か見つけられるといいが)
自分が探し続けているものは、ここで見つけられるだろうか。
と目が合って。
彼女は今にも笑い出しそうなエッツェルを、不思議そうに見ている。
真っ直ぐに表わされる感情が、羨ましいと、思った。



彼も、あれが眩しいんだろう。



空は、晴れ。
白銀の世界が輝いて、陽は優しく世界を照らしていた。





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