雪嵐、星の屑 (5)





神殿を制圧してからはや三日。
外は夕暮れ。
はややおぼつかない足取りで、マルスのもとへ向かっていた。
強行軍で疲れ切っていた皆もようやく回復し、そろそろ次の目的地へ向かわなければならない。
負傷者の代わりに働きづめだった彼女は、ろくに睡眠もとれていなかった。

ふいに、声をかけられて立ち止まる。
立ち止まることも億劫なのは、睡眠不足なのだろうか。だが振り向いて、ピッと背筋を伸ばした。
「マルス様!」
今から会いに行くはずだった主が、後ろから声をかけてくるのだから。
「大丈夫?それ・・・」
マルスは心配そうに、彼女の両手いっぱいの荷物を指差した。
「はい!食堂へ持っていくだけですから。その後ご報告に伺いますね」
うーん、と主が考え込んだので、もその場に立ち尽くす。
「それ、僕が届けてくるよ」
「えっ、いえ!そんな、マルス様にそんなことは!」
「ごめん。どうしても頼みたいことがあって」
彼女の荷物を素早く取り上げると、マルスはにっこりと笑った。



こんこんと、扉を叩く音。
「失礼します、です。起きていらっしゃいますか?」
心地良い声に、ジョルジュの頬が自然に緩む。
「ああ」
答えると、そっと扉の開く気配がして、一陣の風が舞い込んだ。
それから、かたんと扉の閉まる音。
再び訪れた静寂の中、規則的な足音が近づいて、衝立の向こうからが顔を覗かせた。
「・・・失礼します」
控え目に、それより近づこうとしない彼女に、ジョルジュは苦笑して手招きする。
はおとなしく寄ってくると、彼の傍の椅子に腰かけた。
「なんだか・・・久しぶりですね」
「ああ」
4日ぶりか。
「・・・」
「・・・お前、寝てないな?」
「いえ、少しは」
「無理をするなと、言っただろう」
ジョルジュが言葉をかけて、短いながらも何かしらが答えを返す。
そんな静かな会話が続いた。
「それで、どうした?」
「ええ、明日ここを発つというので、ガトー様がジョルジュ殿の回復に力を貸してくださるそうです」
「ああ、それは・・・手をかけるな」
実は未だ少し、釈然としないものはある。
マルスはジョルジュを迎えに行ってくれと言ったが、頼まれた時間までは、まだかなりある。
が食堂に行って、その後マルスに報告に行って、それからでも良かったのに、半ば無理やりにここへ連れてこられたものだから、なんとか時間を潰さなければならなくなった。
(ただでさえ、この人と話すと落ち着かないのに)
そわそわと時計を一度見て。
「あの、少し早すぎたようです。あとでもう一度参ります」
耐えきれずに立ち上がった、その手首を、熱い手に掴まれる。

調子が悪いからと、甘く見すぎた。かなり強い力で引き寄せられ、倒れ込む寸前でなんとか身体を支えて止めた。
「・・・あ・・・危ないです!」
「用は無いんだろう。まだ、居てくれないか」
居てくれないか、と体裁だけは問いかけの形を保っているが、ほぼ命令ではないかと、離されない手首をちらりと見て、は思った。
けれど、その手がもう冷たくは無いことに、安堵する。
「・・・わかりました。ここに居ますから・・・あまり動かないでください」
彼女は大きく溜め息をついた。





「ウェンデル様〜?どうなさったんですか?」
ジョルジュの部屋の前を通りがかったマリーシアが、首を傾げる。
「ああ、いえ。待っているのですよ」
「?」
扉の前で、マリーシアも立ち止まった。
中から聞こえるのは静かな、それでいてどことなく楽しげで優しい2人の声。
「・・・」
大変ですねー、入りづらそうー。
そんな声を何とか空気を読んで押し殺してみた、というような表情が、ウェンデルに向けられる。
「いいのです。もう少し、待ちますから。約束の時間までにはまだあります」
ガトーに杖を使わせる前にと、下準備に来たのだが。
まだしばらくは、待つことになりそうだ。
にこにこと、ただ静かに待つことも平気なウェンデルの隣には、心底嫌そうな顔をしたエルレーンが、それでも文句も言えずに立っている。







「今日は、ここに来ないか」
「?今、来ていますが・・・」
「夜だ。あまり寝ていないのだろう」
「夜?い、いえ・・・私も部屋がありますから・・・!」
ふ、とジョルジュは微笑んだ。
の次の言葉は出てこない。




「それなら今、時間まで眠るといい」
そっと伸ばされた暖かい手が、彼女の髪を優しく撫でた。






◆◇◆◇◆






戦の合間の、一呼吸。

割と平穏な
星屑の夜のこと。