雪嵐、星の屑 (3)





氷の大地は、混戦となった。
神殿内から敵が溢れだしてきたのだ。
マルスは残った味方とともに、神殿の制圧を余儀なくされていた。




◆◇◆◇◆




ふう、と一息。
念の為破壊したシューターにはすぐさま背を向け、ロディは槍を収めた。
これ以上遠くまで行く必要は無さそうだ。周囲に敵の気配も残っていない。
吹雪は激しさを増し、暗殺者たちもさすがに動きを止めたように見える。
(もしくは、指揮官を失ったか・・・)
とにかく、この天候の中を無理に動くのは危険すぎる。
夜が近づいてくる。元より薄暗かった空気は、漆黒に包まれ始めた。
絶え間なく地響きのような揺れを感じながら、ロディはマルスの元を目指した。




今日中に戻れるだろうかと軽い懸念を抱いていたものの、どうやら敵も打ち止めらしい。
「なあ、そろそろいいだろう」
エッツェルを特に気にかけることもなく剣を振り続けたナバールは、今はただ木に凭れ静かに立っているだけだ。時折、軽く傷つくことはあったが、回復が必要なほどでは無かったなとエッツェルは苦笑した。
戦いもせずこうして立っているだけでは、吹雪に消されてしまいそうだ。
ナバールは何も答えなかったが、ただ遠くの方へと意識を集中しているようだったので、エッツェルも黙って彼を待つことにした。
「・・・・・・」
敵がいるのだろうか。
彼は一度だけ剣に手をかけたが、結局そのまま動きはせず、やがて、やはりエッツェルには何の反応も示さずに、勝手に本陣へと戻り出した。




馬にとっても限界だ。
ルークは何人かを斬りながら続けた「彼女」の捜索を、諦めることにした。
の言った通り、指揮官では無かったのだろう。
もしもどこかで倒れていたら、とも考えていたが、その痕跡は無かった。
もっとも、痕跡などあったとしても、すぐに雪に埋まるのだろうけれど。
「・・・戻らないとな」
戦える者の足りない本陣も心配で、なにより、どこか上の空になってしまっていたのことが気になった。
(ほっとくと、すぐ無茶するからなあいつは・・・)
強いのは認める。が、自分に出来ることの限界を把握するべきだ。
身体は2つも3つもあるわけではないのだから。
最初に比べれば随分と自分たちにも頼ってくれるようにはなったが、それでも重要なことは自分ですべて抱え込んでしまうきらいがある。
その彼女が珍しく、かなり頼りにしていたらしい男の、彼女への影響が気になった。
(あー!まったく!)
頼らせるなら、最後まで頼らせてやってくれよ、と。
イライラとしながらも、彼は馬を労わりながら走った。
夜に閉ざされる前に、本陣に辿り着きたかった。





◆◇◆◇◆





「負傷者を護ってくれ!すまないが、戦える者は手を貸して欲しい!」
マルスの呼びかけに、慌ただしく陣が動き出した。
今はカイン、ゴードン、セシルらアリティア騎士が氷竜の群れを押し留めているが、それも手が足りていない。
カインやセシルも負傷していて本調子では無いし、竜の数が多すぎてとても抑えきれない。
「ライアン!代わるわ、戻って!」
駆けつけたは、とりあえず怪我をおして参戦していたライアンを下げ、前線に立った。
結局カタリナは現れなかったし、ジョルジュの意識もまだ戻っていない。
けれど今は全てを目の前の戦いに集中する。
自分に出来ることは、それしかない。
飛び交う魔道、激しい剣戟に矢の雨、そして竜。
混戦の中、余裕さえもって竜に斬りかかるナバールと、それを追って走りながらと目が合い苦笑するエッツェルも見かけた。
やはり2人とも無事だ。
ロディは彼女の隣を駆け抜ける瞬間、「無理はしなかったか?」と尋ねていった。
返事を求めていたわけではないらしく、そのまま最前線へと突入していく。
そしてルークは、そのあとに続きながらに向かって小さく首を横に振った。



少しずつ、盗賊も竜も倒れていく。
は次々と矢を放ち、マルスの為の道を切り開いた。

何が起ころうと、敵がどれほどいようと。
マルス様を、守る。その命と、願い。そして繋がれた絆を護る。
それが私の使命。




◆◇◆◇◆





「クライネ・・・」
とうとう、一人になってしまったのだろうか。
せめて自分がもう少し杖が使えれば、助けられたかもしれないのに。
「エレミヤ様・・・」

カタリナはクライネを抱きしめて座り込んだまま、幼い頃を思い出していた。
意地悪ばかり言うけれど、本当は優しい気持ちが表せなかっただけのクライネと。
彼女らに優しく笑いかけてくれたエレミヤ。
泣いていれば抱きしめてくれたし、いつでも柔らかなその手で頭を撫でてくれた。
貧しい暮らしでも、エレミヤと、ともに過ごしているだけで、しあわせな気持ちだった。

彼女は変わってしまったのだ。
以前のように笑うけれど、そこには暖かな光はもう無い。



「マルス様・・・ごめんなさい・・・」
泣くことは出来ない。
次こそは、自分が行くことになるだろう。エレミヤの為に。
どんなに変わってしまっても、やはり彼女はエレミヤなのだ。
・・・」
アリティアに居た頃のことは、遠い昔のようで。
それなのに、あの第七小隊の暖かい空気を思い出す時は、鮮やかな色を伴っている。
「みんな、ごめんなさい・・・」
せめて彼らの手にかかりたい。それが今、彼女の一番の願い。
そしてクライネと一緒に、眠りたい。
それが許されるとは思えないけれど、それでも。
彼女はただ懸命に。妹に、かつての主に、仲間に、そして母であった筈の人に、謝り続けた。





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