雪嵐、星の屑 (2)





「外傷がまったく無いのです」
ウェンデルは一度杖を置き、向き直って難しい顔で言った。
「じゃあ、寒さにやられたのか?」
ルークが尋ねるので、は心の中だけで否定する。
(そんな人では無いと思うけれど)
「いや、恐らくリザイアだろう」
ウェンデルを補助していたエルレーンは、こちらはいつもそうなのだが、厳しい表情で答えた。
「リザイア・・・」
呟きに対して、エルレーンが続ける。
「女性魔道士のみが使える・・・そうだな、簡単に言えば、生命力を吸収する魔道だ」
女性魔道士、と聞いて、とルークは瞬時に視線を合わせた。
・・・カタリナか?
2人の沈黙を気にすることなく、エルレーンはテキパキと動く。
ウェンデルも再び、杖を手に取った。
「とにかく、治療に専念します。残念ですが、すぐに戦線に戻ることは難しいでしょう」
「・・・わかりました。ウェンデル様、よろしくお願いします」
微動だにしない、整った横顔。
彼は「指揮官は恐らく撤退した」と言っていた。
それがカタリナだったとしたら、ちゃんと自分に伝えてくれたのではないか。
期待しすぎだろうか?その余裕が無かっただけかもしれないが、それでも、ジョルジュは伝えなければならないことを間違えるような人では無いと、そう思えた。

「はいっ!2人とも、いいわ。無理しないでね?」
ルークとに向けて杖をかざしていたマリーシアが、場にそぐわない明るい声で告げたので、2人は礼を言って再び吹雪の戦場へと踏み出した。
「あいつ、カタリナとやり合ったのか?」
に尋ねてもしょうがないと思いながらも、ルークが何とはなしに呟いて、だからは考え続けていた答えを言葉にすることが出来た。
「いいえ。それは無いと思う。・・・指揮官はカタリナでは無かったんだわ。ジョルジュ殿は、指揮官を確認したようだったから」
「・・・ま、とりあえずオレは出る。お前はあんまり遠くまで行くなよ。迷子になるぞ」
「・・・わかってる」
こんな返事をしたくはなかったが、遠くへ行けば戻ってこれないのは事実。
は嫌々そう答えて、ルークを送り出した。
ジョルジュが撤退したことで、そちらからの敵が本陣へと近づいてきている。
まずはその撃破からだ。
カタリナのことは、その後。
もしかしたら、ここでこうしている間に彼女が現れるのではないかと淡い期待を抱いたまま、は弓を引いた。

ナバールが向かった方角からは、一人の敵も現れない。
(ナバール殿とエッツェル殿は、・・・大丈夫そうだわ)
意識を集中して、吹雪の轟音の中、敵の空気を探る。
雪に濡れて冷たく冷えていく筈の身体が、何故かとても熱く感じられた。
(きっと、あの時の・・・)
彼に触れた左手を思い出しながら、放った矢が敵を射落とす。
渦巻く世界が、音も色も、すべて消えていくように。
深く深く弓にだけ集中していくと、敵の気配が、殺意が、強く自分に届く。
(ああ、こうしてあの人たちは、戦っているのね・・・)
ナバールやジョルジュの戦い方は、自分たちとはどこか違う。
見えないことなど気にしないような彼らの戦いを、垣間見た気がした。





◆◇◆◇◆





「見えないでしょう?私には手に取るように見えるのよ」
暗殺者の言葉にジョルジュは、そんな場合では無いと思いながらも、僅かに苦笑した。
(オレは、暗殺者では無いが――)
以前オグマに、「戦いの呼吸が、ナバールと同じだ」と評されたことを思い出す。
確かに見えないが、そんなことは大した問題では無い。恐らく、ナバールもそうだろう。
この吹雪の中、問題無く戦っている筈だ。
ジョルジュは自分のそういうところも、好きにはなれなかった。
たとえば「彼女」のような、騎士たちと――自分も騎士である筈なのだが――呼吸が違う。
そこで考えを一旦中断し、弓をキリ、と引き絞る。
素早く周囲を確認し、殺意に、殺意を抱いたその呼吸に合わせて、矢を放った。
小さく悲鳴が聞こえ、2本目の矢をつがえると同時に、一瞬動きを止める。
反撃が来るだろう。それに合わせて撃ち、止めとするつもりだった。
激しく雪の降りつける中、ぐっと右腕に力を込めた。
ほとんど視界の広がらない中、声だけが聞こえる。
「よくも・・・邪魔を・・・!」
最初の声から、女だとは分かっていたが、だからといって力を緩めたりはしない。
自分に向かってきた矢をかわし、銀の矢を放とうとしたその瞬間、しかし、見えてしまった姿に、わずかに手元が狂ったのだろう。それは止めとはならなかった。
と同じか、それよりももっと幼いだろう少女が、血に塗れながらも襲いかかってくる光景に、一瞬だが躊躇したことは間違いない。
ジョルジュは自分の行動に、内心舌打ちしながらも一歩退いた。
止めにはならなかったが、彼女はもう戦えないだろう。今引けば、命は助かるかもしれない。
「殺してやる・・・必ず殺して・・・」
彼女から膨れ上がる憎悪に、自然ともう一本矢をつがえる。
撃つつもりではなかった。ただ、万が一に備えた。
自分ならどうするか。弓はもう撃てない。ならば・・・斬りかかる。
予想通り、彼女は近づいてくる。もう少し、あと少し近づいてくれれば、手に持ったナイフを撃ち落とすことが出来る。
その黒い憎悪に気を取られて、周囲へ気を配るのを一瞬だけ、怠った。その僅かな隙に。

「クライネ!!」
しまった、と。
敵であれば撃てていたのかもしれない。けれど、彼を包み込んだのは、魔道の光。
「くっ・・・」
身体の内から何かがもぎ取られていくような、果てしなく不快な光に、膝をつく。
その目の前で、少女――恐らく「クライネ」は、どさりと倒れ伏し。
そして、彼女を包み込むように魔道士の少女がふわりと姿を見せた。
「・・・ごめんなさい」
カタリナだ。言葉を発したかったが、口を開くことも出来ない。
彼女がクライネを連れて立ち去るのを、ジョルジュはただ見逃すしかなかった。
、すまない・・・)
自身も倒れそうなのを、何とか立ち上がる。
体内の血が失われたかのように、全身の自由が効かない。
それでも、約束どおり本陣に戻らなくては。こんなところで倒れるわけにはいかない。
誰ひとり失わない。その為に尽力する彼女の、希望を消すのが自分であってはならない。
何より、自分の主もまだ助け出していないというのに。
(ニーナ様・・・)
来た道を、逸れずに戻る。途中の敵は見逃して来なかった筈だ。
この道を行けば、きっと戻れるだろう。
マルスの側にいる筈のカチュアあたりに会えば、そのまま匿って欲しかった。
そんなわけにはいかないと分かっていても。
にだけは会わないようにと、願った。

まばゆいほどに真っ直ぐな、彼女の心をどうか、乱さないでくれと。





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