−1− 明るい木漏れ日の中に、時折聞こえる静かな水音。 陽の光は、その銀色の髪をきらめかせ、白い肌の上の滴を七色に光らせる。 その人陰は、すっと水に沈み、やがて、ゆっくりと岸辺までやって来ると、灌木に掛けてあった布を素早く身にまとった。 先ほどから聞こえる声の主は、程なく姿を現すだろう。 ひととおり体を拭ったあとで、頭に布を巻くと、草むらに脱ぎ捨ててあった服を身につけ始めた。 「レジン、レジン。おい、いるのか。」 軽やかなバリトンの声が、木陰を回ってやって来た。 「いるよ。」 今ひとつ下がりきらない、少年の声で、レジンは答えた。 「沐浴、か?」 「あぁ、だいぶ暖かくなってきたし。」 「まぁな。けど、泉はまだまだ冷たいだろう。」 「ダム爺さんが沸かしてくれる湯なんて、待ってらんないぞ。今日はかなり汗かいたから。」 レジンは頭に巻いた布をはずし、首を左右に振ってみた。顎のラインで切りそろえた銀髪が日射しを浴びながら、あわせて揺れる。 「おいおい、ちゃんと拭けたのか。滴が飛んできたぞ。」 「すぐ乾くよ。カインと違って、短いからな。」 「悪かったな。」 束ねれられた鳶色の髪が背中で不満げに揺れる。が、 「あれで、汗だくかぁ。お前腕落ちたんじゃないのか。」 髪と同じ色のその瞳はいたずらっぽく笑う。 髪を拭いなおしていたレジンの明るいブルーグレーの瞳が、上目遣いにカインを睨みつけた。 「・・・ちょっと、具合が悪かったんだ。ったく、ムキになって、力任せにくるから。」 カインの方は上機嫌だ。 「おいおい、謁見の儀は、あと一月半だぞ。剣術の模範演技で間抜けなところを見せるなよ。」 「お前こそ、間違って串刺しになるなよな。」 思いっきり空を仰いだレジンの顔にも笑いが戻っていた。 *****************************************
***************************************** 風に甘い香りが混じり始めている。 「なぁ、レジン、お前、誰か良い奴、見つけたか。」 どことなく落ち着かない声に、レジンは吹き出した。 「お前は気が早いなぁ。そんなの、仮成人の儀のあとでも良いじゃないか。」 「バカいえ。その半月後には王との謁見で、相手を明らかにするんだぞ。」 カインの顔が赤いのは、暖かくなった日射しのせいだけではない。 「別に、その時に決めてなきゃいけないことはないって、長が言ってたじゃないか。 ・・・それとも・・・」 レジンはにやっと笑いながら、カインを覗き込む。 「もう、誰か決めた奴がいるとか?」 カインはじろっと睨みつけると呟いた。 「いないさ・・・。」 「で、騎士カイン殿は焦ってるんだな〜。」 そして、レジンは笑いながら、自分を捕まえようとするカインの腕からするっと逃げた。 遠くに、女官となる娘達がこちらを見ながら笑いさざめいている。 それを見ながら、カインはため息をつく。 「どう見たって、お前の方がもててるぜ。」 「抱かれたいなんて思ってやしないよ。」 レジンはしれっと言ってのける。 「お前はデリカシーってものがないのかぁ?」 「冷静って言って欲しいね。」 「不感症じゃねえの?」 「バカ言え。」 「じゃ、メーニン(男性)の方がいいとか。」 今度はカインが笑いながら逃げる。 「フェラーニン(女性)の方がいいに決まってるだろっ!」 そんなふうなことを言っても、やっぱり長や先輩騎士達が言うような胸のときめきなど、時の満たない二人にはわかりようがない。 「どんな感じなのかな・・・。」 笑い疲れたカインが暖かな日溜まりに腰を下ろして、呟いた。 「さぁな・・・。」 レジンも笑いながら、隣に腰を下ろした。 それは、めくるめくような思いなんだと、自分で意識がコントロールしにくくなるほどのときめきなのだと聞かされて、ことし仮成人の儀を迎える騎士達は今から期待に胸を膨らませてるのだった。 |
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