::: 高木 ::: 「・・・本当に、こんなところに来るんですか?」 「まぁ・・・、普通は、あまり考えないわよね。」 『関係者以外、立入禁止』と書かれた扉をうっすらと開けて、俺達は外を窺っていた。 そこには、うんざりするほど、カップルが並んでいる。 「結構、人が来るもんなんですね。」 「いつもなら5時で終わってしまうところを、あえて、時間延長して上映する理由がよくわかるわね。」 同じ公務員でありながら、365日24時間無休の身としては、多少、ひがんでしまうのも無理のないことだろう。 「・・・けど・・・アベックばっかりね。」 呆れたような呟きに、一瞬、相づちが遅れる。 「・・・えぇ。」 そう、答えながら、俺は、傍らの彼女をちらりと見た。 ・・・アベック・・・ですか、などと考えながら。 麻薬捜査官がやって来たのは、かなり前のことだった。 とある殺人事件の被害者が、実は麻薬の売人だったというのだ。 背後関係が、かなり大きくなるらしいことがわかり、捜査一課では、彼らと共同で事件に当たることになった。 捜査は思いもかけず難航し、手がかりはなかなか掴めず、時間だけが徒に過ぎていた。 しかし、地道で執念深い捜査の結果、最近、ようやっと、被疑者とお ぼしき人物が関係した取引がある、という情報が得られたのだ。 その場所というのが、・・・ここ、つまり今、俺達のいる、青少年科学館内のプラネタリウムだった。 公共施設である科学館は平日は5時に閉館するのだが、土曜日だけは、夜7時から特別プログラムを上映する。いつもは小、中学校の理科の授業のような内容 なのに、このプログラムは心地よい音楽を流しながら、宇宙旅行をしているようにざっと、星空を眺め、ロマンチックなエピソードをところどころちりばめると いう、明らかに、妙齢のアベックをターゲットにしたものとなっている。 そんなところに、麻薬の密売人が現れるというのは、なんだか場違いな気がして仕方がなかった。 「けど、妙な場所を売買の場所にしますね。もし、見つかったりしたときに、すぐに逃げられないじゃないですか。」 俺は、ずっと頭の中に渦巻いている疑問を口にしてみる。 「そうよね・・・。ただ、そこが相手の思うつぼでもあるのかも知れないし・・・、案外、わかりにくいものかもよ。プラネタリウムの中って、本当に真っ暗じゃない。鼻つままれてもわかんないって、感じだし。」 その目を、動き始めたアベック達の行列から離さずに答える彼女に、ふっと間をおいて尋ねた。 「佐藤さん・・・来られたんですか?プラネタリウム。」 「えぇ。・・・高木君も、学校からとか、行かなかった? 」 「あ・・・えぇ。はい・・・そういうのは、確かに。」 言ってしまってから、顔が火照ってきた。自分の勘ぐったような問いに対し、彼女の答えは、あまりにもそんな思いとかけ離れていて。 「だめね・・・。」 しばらくして彼女がぽつりとこぼした言葉に、びくっと反応する。 「え・・・・。」 微かに眉をひそめて見上げてくる彼女に、背中を冷や汗が流れる。 「それらしい人物、いた?・・・私は、ダメ。わからなかったわ・・・。」 華奢な肩ががっくりと落ちるのを見て、別の意味で、俺の肩もすとんと落ちた。 「そうですね、僕も、わかりませんでした。怪しいと言えば、誰も怪しく見えるし、そうでもないように見えるし・・・。」 あれほど長かった行列も、すっかりプラネタリウムのドームに呑み込まれ、俺達の前には、ガランとしたロビーが広がっている。 「仕方ないわね。私たちも、中に入りましょうか。」 「はい。」 静まりかえったロビーを後に、その扉を閉めた。
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