*** Last Stage ***


 そのうち、二人の探偵が、なにやら、最近あった事件について話しを始めた。
 三度の飯より、事件が好きなんじゃないか?という二人が、未解決の事件の話を始めりゃ、間に入るのも、ばからしいくらい熱中する。
 内容は、物騒には違いないのだけれど、二人がそうやって夢中になっているのを感じていると、無性に、この時間と空間が心地よく、愛おしくなる。
 視界の端に、和葉ちゃんが、入ってきた。
 皿の空き具合を見ていたらしい彼女と目が合うと、「ん?」とでも言いそうな笑顔が返ってくる。 
 快活が服着て歩いてるような感じなのに、時折、儚いような、手折れそうな柔らかさを感じることがある。
 あまりに一瞬だから、今まで、気付かなかったけど、意識を集中させずにいると、それが、平次の背中を見つめるときなのだと気付いた。
 不思議な感じがした。
 野郎が、彼女を見つめる目、周りを牽制する目ってやつは、よくわかるんだけど、女の子は、あんな風に、彼氏を見つめたりするもんなんだ・・・と。
 直に、意識が通い合っているときは、印象が全く違う。
 もっと勝ち気に見えるのだけど。
 あんな、瞳を隠してるなんてな。
 「もったいねぇ・・・」
 「何が?」
 目を上げると、いぶかしそうな、新一の顔。 
 「何でもねぇよ。」
 教えてやるか。
 デートより事件を優先する探偵の彼女たちが、どんな眼差しで奴らを見つめてるなんて。
 「けったいなやっちゃの。」
 平次が呆れた顔をするけれど。
 酔っぱらったふりしながら、俺は、スコッチのグラスをからんと鳴らした。
 気付かねぇもんだよな。
 俺だって、青子が、どんな風に俺を見るのか知らない。
 当然、俺と目が合ってるときは知ってる。
 けれど、俺の背中を見つめるあいつが、どんな瞳をしているのか。
 そう思うと、自分が、ひどく、あいつを傷つけているような気がしてしまう。
 嘘の下手なあいつに、嘘をつかせてる。
 きっと、あいつに正体がばれてから、俺は、あいつに一生分の嘘をつかせてるんじゃないだろうか。
 ・・・焦っても仕方のないことだけれど。
 
 やがて、蘭ちゃんが、ちょこんと顔を出し、彼女たちは二言三言、言葉を交わすと、空になった皿を片づけ、つまみの様相が、少しだけ変わった。
 あ、煮物なんて作ってたんだ。
 ふうん・・・。
 二人は、やがて腰を落ち着けると、幾度か、台所の向こうに、視線をやり、やがて、何かの話しに夢中になっていった。
 俺は、よっと腰を上げる。
 二人の探偵が、俺を見上げる。
 「お手水。」
 「おめぇ、そんな言葉、よく知ってるな。」
 「一体、幾つやねん。」
 ・・・んなもん、商売柄、言葉なんて、いくらでも、インプットしてあるさ。
 俺はひらりと手を振りながら、台所ではなく、廊下へと続く扉を開け、部屋の外へ出た。
 途端に身震いする。
 部屋があまりにも温もっていたので気付かなかったが、極寒の夜だったのだ。
 アルコールの回った体には、まぁ、丁度いいのだろうけれど。
 ほてほてと歩いていくと、洗面所で水の音がした。
 ・・・青子?
 化粧直しとは思えない(してないからな)。
 何だろうと思いつつ、ゆらりと物音の方へと足を向けると、洗面所の扉が開いて、青子が姿を現した。
 こちらは、相手を把握しているが、薄暗い中で、突然、影がぬっと出て、青子は悲鳴を上げかける。
 条件反射だった。
 俺の腕が、違うことなく、青子の顎から、首筋にかけてのラインを捉える。
 そして、次の瞬間には、そのやわらかな唇を塞いでいた。
 何が起こったかわからなくて、じたばたとする青子の腕をとり、唇を僅かにずらせ、名前を呼ぶと、ぴたりと動きが止まった。
 「・・・快斗?」
 すり寄せた頬が、俺の名を呼ぶ振動を伝える。
 「・・・」
 言葉が出ずに、俺は、幾度も頬をすり寄せながら、青子の肌を感じていた。
 出会い頭の暗闇で、一瞬の間に捉えた、潤んだ瞳。
 それが、何を意味するか、わかった途端、切なさが胸に広がった。
 泣き顔を洗ってたんだろ?
 何を泣いてたか、青子が口を割るとは思えねぇけど、その涙を流させた要因の一つに、俺が含まれてるなんてことは、容易く想像できる。
 愛しくて、哀しくて、傍にいられることが、限りない悦びをもたらして。
 もう一度、唇を重ねると、青子は大人しく俺に体を委ねた。
 腕を離して、腰へと回すと、青子の腕が、恐る恐る体に回される。
 おどけて、抱きつくときは、首っ玉。
 そして、今みたいに脇の下から、そっと背中に手を回すとき、青子は、心を込めて抱きしめてくれるのだ。
 その思いが、体の中に、穏やかでいながら、言いようもなく、熱い思いをわき上がらせる。
 優しくしたいのに、壊れそうになるまで抱きしめたくなる、この矛盾。
 大切にして、笑顔を見ていたいのに、涙にまみれるほど、乱したくなる。
 どうにもならない感情の渦に、身を持て余していると、青子が苦しそうに身じろぎするのを感じた。
 夢中になって、どうやら、呼吸を奪っていたらしい。
 唇を解放し、肩で荒い息を繰り返す、その耳元に、口づけすると、青子は、くすぐったそうに肩をすくめた。
 そのまま、どうしようもない一言を、こっそり落とす。
 「愛してる・・・。」
 ずるい。俺は、きっとずるい。
 その言葉に、偽りの欠片もないが、その言葉で、全ての許しを引き出してるような。
 「ありがとう。」
 静かに、けれど、なんだか、とても嬉しそうな声に、俺は、思わず、瞳を覗き込んだ。
 何の変哲もないのに、しかも、一瞬、一方通行か?と思わせるような言葉なのに、青子の唇からこぼれ出たそれは、否応なしに、俺を惹きつける。
 「嬉しいよ、快斗。快斗がそう言ってくれるのって、何より一番嬉しいの。青子、快斗に何にもしてあげられないけど、・・・でも・・・」
 一生懸命、言葉を紡ぐ唇を、ふわりと塞ぐ。
 これ以上、何を望む?
 こんなに真摯な瞳で見つめられて、こんな俺を優しく抱きしめてくれて、全く要らないと言えば嘘になるのかも知れないけれど、これ以上、言葉は要らなかった。
 そっと、乗せるように唇を数度重ね、俺は、そっと青子から離れた。
 「・・・快斗?」
 何も言わない俺を、不思議に思ったのだろうか。
 けれど、その頬を親指でなぞると、俺は、にっと笑って見せた。
 「ちょっと、厠。」
 暗闇で、大きな目がきょとんとするのがわかる。
 「か、快斗ったら。」
 ちょっと焦った声に、吹き出しながら、俺は、そっと手を離した。 
 「クッキー&クリームを、しっかり食う前にな。」
 あっ・・・という表情が、広がったところで、頬に小さなキスを残し、俺は、ひらりと手を振り背を向けた。
 「じゃ、冷凍庫から、出しとくね。」
 そう言って、俺たちは、背中合わせに歩いてゆく。
 ぱたぱたと急ぎ足な音を聞きつつ、俺は、幸せの吐息って奴を、こっそり零した。

 用を足して部屋に帰り着けば、どんとアイスのパックとスプーン一つ。
 「これ、何だよ?」と、青子に問いかけようと、振り向いた瞬間、素っ気なくも揶揄する言葉。
 「えらく、遠いトイレだな、俺んちのは。」
 「大やったんか?」
 ・・・おめぇらな・・・。
 青子は、「食べるでしょ?」とでも言わんばかりの笑顔を見せ、蘭ちゃんと和葉ちゃんは、吹き出しそうなところを堪えていて。
 「豪邸で、迷っちまったんだよ。」
 間抜けた返事を新一に返し、腰を下ろして、アイスクリームの蓋を取る。
 とりあえず、興味津々に見ている面々に軽くお辞儀をし、俺は、おもむろに、スプーン1杯のアイスを口にした。
 「お前ひとりで、全部食うんか。」だの、「信じられねぇ。」だの、「うわ、ほんまに食べるんや。」だの、感嘆の言葉が飛び交って。
 やがて、深夜の宴会は緩やかに続いてゆく。
 あくびの出始めた、姫君達は、きっと蘭ちゃんに連れられて、来客用の部屋へ引き上げていくだろう。
 野郎共は、・・・どうするつもりか知んねぇけれど。
 これ食い終わって、一服したら、俺も、休ませてもらおうか。
 こいつらが、くれた気遣いに、心が穏やかになったところで。

fin

.............................................................................................................
知ってる方はご存じの(爆)Bad,Bad,Boys...。
これは、Stardust Revueの同名の曲からのインスピレーション。
何だか上手くいかない時、くすんだ気持ちを吹き飛ばし、
オレをその気にさせちまう、不良(わる)い奴ら。
いるよね、そういう、いとしき奴らが。
とっさに思い浮かんだのが、二人の探偵と一人の怪盗でした。
曲自体は、とってもおしゃれで小粋な歌なんですよ。
機会があれば、是非。
('04.4.20) by う〜さん 




<<