C-Side Dream


 サイドカーに、ちらりと目をやって、何度目かわからないため息をついた。
 鑑識班が、吹っ飛んだバイクの跡を丹念に調べていたが、あの元気のいいじいさんのものであるということがわかっただけで、特に収穫はなかったようだ。
 「・・ナン君・・・」 
 俺は一通りの話を終えた後、中森警部の「ちょっと待っててくれ」という言葉で、この場に残っていたが、暗い河川敷を見ながら、ちょっとした違和感を感じ ていた。
 それが、何なのか見極められず、内心いらついている。
 「コナン君!」
 「んだよ、うっせぇな!」
 さっきから、何か頭の上で、ぶつぶつ言っていた声が、更に大きなり、それと共に、ぐいっと肩を引かれた。 
 はっとして、振り向くと、絶句した蘭の顔。
 や、やべぇ・・・!
 「ご、ごめん、蘭ねぇちゃん。あ、あの・・・何?」
 とっさに、子供ぶれるこの条件反射が、悲しいぜ。
 目を丸くしていた蘭は、俺の焦りを知ることもなく、ぶっと吹き出した。
 「やだ、コナン君たら。」
 そう言いつつ、くすくす笑いながら俺を見る目が、切なげに見えたのは、気のせいじゃない。
 幾度か、見てきたその瞳は、俺の向こうに「工藤新一」を見ている。
 「コナン君て、ホントに新一に似てるね。・・・男の子って、みんなそうなのかな。」
 寂しそうに微笑む姿に、答えようが無くて。
 「あ、そうだ。中森警部が、コナン君のこと、探してたみたい。」

 「お、いたいた、ここだ。君、ちょっとこっちへ来てくれないか。」
 声をかけてきたのは、警部とは違う、別の兄ちゃん。
 「中森警部と、ツーショットで1枚欲しいんだ。今回の功労者だしね。」
 男にウィンクもらっても嬉しかねぇよと、内心ぼやきながら、俺は子供らしく照れて辞退しようとしたが(なんか、嫌な予感すんだよな)、呆気なく抱えられ て、人混みを抜けた。
 「いやぁ、今回もお手柄だよ。よく、怪盗キッドからBlue Wonderを守ってくれた。この写真を撮ったら、今日は、もう、帰っていいから。」
 喜色満面の警部が、俺を迎えてくれ、まだざわつく現場の片隅で、フラッシュが光る。
 「ふっふっふ、キッドの野郎、とっつかまえ損ねたが、奴も獲物を逃したからな。まだ、負けたわけじゃないぞ〜」
 ・・・なんか、この警部じゃ、退職までかかっても無理なんじゃねぇ?
 キッドを捕まえるの。
 「お疲れ様〜」
 そんな声を聞きながら、ふと、じゃ、自分はあいつを捕まえられるのだろうかという思いが、浮かび上がる。 
 当たり前だろ?という気持ちの奥で、何か他のものがくすぶっている気がする。
 今回も逃しちまった割に、なんか、あんまり腹立たしくないんだよな。
 「お、青子か。うん、今日は・・・」
 背後で、中森警部が携帯に向かって、何か喋ってる。
 青・・子?
 「いや、もう、寝てなさい。無理して起きてる必要はないから。あぁ・・・戸締まりはきちんとしてな・・・。」
 家族か。
 キッド捕獲に、バリバリ気合いの入っていた警部からは想像できないくらい、穏やかな笑顔に、家族思いの父親の顔を見て、クスリと笑みがこぼれた。
 と同時に、何かが、俺の中で、交錯する。
 青・・・。
 そう言えば・・・と。
 変装をはがしたあいつは、やっぱり、本物のあいつなんじゃないだろうか。
 というより、あれは素顔だ。
 何度か、対峙しているが、奴は、モノクルで、一部を隠すことで、わかりにくいという印象を与えているが、キッドでいるときは、素顔。
 それが、奴のプライドでもあるような気がして。
 ふっと、笑いがこぼれる。
 強烈な気配も、強気で気障な台詞も、派手な仕掛けに、時代錯誤な予告状も、全て、あいつの白装束と一緒で、目くらまし。
 その奥に、何を隠し込んでるんだ?
 どう考えても、20歳前後(下手したら10代)の奴が、どこか身近に感じてしまって。
 今まで向かい合った中から考えれば、今日のあいつは、素のあいつに近いかもしれない。
 探偵と怪盗という関係じゃなければ、案外、いい奴かも・・・
 バカな・・・
 相反する感覚が、俺の中に奇妙なずれを作り、落ち着かない。
 性質の異なる俺たちの間に、同じ何かが流れてるのか?
 例えば、奴の言うとおり、海の青が、空の青を映すように・・・。
 
 「・・・君・・・コナン君、帰るよ?」
 そっと、肩に、蘭の手が乗る。
 「うん。・・・どしたの?蘭ねぇちゃん。」
 じっと俺を見つめる瞳に、俺の意識は蘭に傾く。
 「・・・さっきから、何度も呼んでるのに、なかなか返事がないから。疲れちゃったんじゃない?」
 小首を傾げて覗き込んでくる心配げな瞳に、切なさと暖かさがこみ上げてくる。
 な〜にが、夢がねぇだ。
 夢みたいな事を語りながら、ものをくすねるお前と一緒にするな。
 俺だって、夢くらい・・・俺の夢は・・・。
 「じゃ、行こう。僕、ちょっと疲れちゃったみたい。」
 にっこり笑って、俺は嫌になるくらい小さな手を差し出す。
 「うん。」
 今は、まだ、こんな小さな俺に向けられた笑顔だけれど。
 いつか、その笑顔を、この腕の中に抱きしめるんだからな。
 そして、永遠に!
 

    ところで、快斗の方は?