腕に感じる、和葉の重み。
 並んで座った、あいつがもたれてくる重みなんて、ほんまのところ、心地よい程度。
 けど、腕の中に包んだ重みは、ちゃう意味で、俺の中にずしりとくる。
 心の中のものを吐き出したあいつは、かなり落ち着いて、呼吸がだいぶ静かになった。
 「・・・冷えへんか?」
 時計の針は、随分進んでしもとった。
 暑さ寒さも彼岸まで。
 秋口、夜は意外に冷える。
 「うん・・・。」
 泣き疲れたような声。
 「そうか・・・。」
 「・・・平次がおるから・・・。」
 普段、絶対聞けへんような言葉に、気恥ずかしゅうなって、照れ隠しをしてまいそうになる。
 けど、ちらっと見た和葉は、ごく当たり前のように、目ぇつむって・・・。
 そっから、視線をはずし、俺は、口を開いた。
 「和葉・・・なぁ、確かに、お前の言い分もわからんやない。お前が、その・・・なんや、わかめの気持ちっちゅうもんを、聞いて、女の気持ちいうやつを、 ちゃんと言うたらへんかった・・・いう、自責の念いうんか、そういうやつ、わからへんわけやないんや。けどな、こんなんいうたら、きついとか、冷たいと か、お前は又言うやろ思うけど、お前がいくら、何とか言うたかて、最終的には、あいつら自身の問題ちゃうんか?」
 俺の言葉はいたって正論。
 その正論が、今の和葉には、辛すぎる事実や、いうことは百も承知。
 けど、なぁ・・・。
 どんな、親友いうたかて、限界いうもんは存在する。
 双方の、ほんまの言い分を知ってしもた俺は、「真実」て何やろな・・・と、ふと思う。

 和葉が聞いた、わかめの言い分・・・
 奴が和葉に懸想しとったいうんは、半分ほんまで、半分虚構。
 電車の中で出くわした和葉に話したところによると、奴にとって、和葉は、やっぱり多少は憧れの存在やったらしい。
 但し、俺とセットで。
 ひょうきんで、何かの企画やイベントがあれば、いっつも中心になって、おもろいことやっとったあいつが、ほんまのところは、幼なじみの和美に、まともに声ひとつかけられへんほど、奥手やったいうには、俺も驚いた。
 人は見かけによらへん・・・て言うたんは和美やったけど、ほんまそのとおりや。
 俺と和葉の漫才コンビは、今思えば、結構、有名やったようで、そんなふうに、気楽に声を掛け合う俺達は、あいつにとっては、羨ましいの一言に尽きたらしい。 
 姉貴分を口にしながら、おきゃんで、泣き虫な和葉と、それとは対照的なほんまの姉御肌で、幾分大人に見えた和美。
 そんな2人に、何のためらいもなく接する俺が、わかめの目には心底「幸せな奴」と映った・・・てなぁ、言われたかてなぁ。
 和美のことを大切に思いながら、なかなか口にできないもどかしさ。
 そういうのが、一切わからん俺やない。
 ・・・和葉に、プロポーズしたときは、清水の舞台から落ちた・・・思た。
 今でも、普段から、どこぞの国の男みたいに、好きやのなんやのと言うてるわけやない。
 仕事柄、守秘義務の絡むことが多いから、秘書を兼任してくれてる和葉といえど、何でもかんでもしゃべってるわけやない。
 ・・・言えへんようなことも、結構あるし。
 せやけど、それは、同じちゃうんか?
 和美とわかめにしても。
 幼なじみで、ゴールインして、・・・俺もあいつも、べた甘やない。
 おんなじような境遇やけど、同じやない。
 それは、和葉が、わかめに、「女はやっぱり、気持ちを言うてくれると嬉しい、悩みを打ち明けてくれると嬉しい。」とアドバイスせんかったとか、どうのという問題やないやろ。
 心の中のものを何一つ、伝えられなかった男と、そんな相手を信じることのできなかった女と。
 通わなかったのは、言葉だけやのうて、心さえも。
 そんな2人に、俺もお前も、何ができたやろ?
 なぁ、和葉・・・。
 もう一度、首を回すと、和葉の寂しげな悲しげな顔が見えた。
 回した腕を引き寄せ、その体を胸の中に抱き寄せる。
 「・・・平次・・・?」
 少し不思議そうな声が、胸元でくぐもる。
 「和葉・・・」
 もう、それ以上、自分を責めるな!
 それ以上、お前が心を痛める理由なんて、どこにもあらへん!
 
 「平次・・・。」
 思わず、和葉を抱きしめて、どれくらい経ったやろか。
 触れたところから、胎動を感じ、俺はそっと体を離した。
 「あ、すまん・・・。」
 和葉の腹が真横一文字に、動く。
 ひとつの命が、この中に生きてる。
 改めて、その不思議さを感じながら、俺は和葉の前に、あぐらをかいた。
 「俺らに、できることは、もうあらへんねん・・・。」
 その言葉に、和葉は下唇を噛んだ。
 起きてもたことは、どんなにひっくり返っても、その前には戻せん。
 ゆっくりと、頷くあいつに、俺自身、これ以上何もでけへんことを知る。
 あとは、あいつの心の整理次第・・・。
 ・・・せやろか?
 ほんまに俺は、例えば、和葉のために、これ以上・・・?
 守りたいん、ちゃうんかったんか・・・。
 「あのな・・・俺もな、お前に、これ以上どうこうでけへん。あいつらが、すれ違うて事件が起こってしもたことを、どうもでけんようにな?」
 やるせなさを目に浮かべながらも、和葉は、それを認めたようやった。
 「・・・一度しか、言わへんからな?」
 こういうんは、ほんまは、プロポーズの時にでも言うんかいなと思いながら、腹に力を込める。
 「俺は、お前やから、一緒に生きていきたい思うた。それは、他の誰でもない、お前やからや。俺にとって、パートナーとして、信じられるんは、お前なんや。」
 だから、守りたい。
 喩え、真実を隠そうとも、お前を丸ごと、守りたいから。
 ・・・信じてくれ!
 「何があっても、どんなことがあっても、それだけは、忘れるな?ええな?」
 心臓が、半鐘を鳴らしてるみたいに、暴れまくる。
 呆けたように、俺を見つめていた和葉の目から、一滴の涙がこぼれ落ちた。
 それは、段々、流れになってゆく。
 「うん。平次。ありがとう。・・・あたしも・・・・あたしも・・・」
 それ以上は、もう、言葉にならへんで。
 俺の腕の中に飛び込んできた和葉は、それから、心の中にあった全ての思いを洗い流すように、泣き続けた。
 どれほど、一人で悩んどったんやろか。
 そればっかりは、俺にも図り知れへんかった。
 ・・・おかぁちゃんも、たまにはこうして大泣きせなあかんこともあんのや・・・
 和葉の背中をゆっくりなでながら、胸ん中で、こっそり、あいつの腹ん中のちびに、呼びかけた。
 


 その後、和葉の口から、和美のことを聞くことはなかった。
 工藤ん家の蘭ちゃんとは、色々話をしたみたいやったけど。
 ・・・一応、工藤情報。
 それでも、あいつの心の中は、少しずつ整理されていったんやろうと思う。
 
 それは、秋空がえらい高うて、まぶしい朝。
 「平次?なぁ、今日、昼頃、時間取られへん?」
 一段と腹のでかくなった和葉が、遠慮がちに声をかけた。
 「今日か?今んとこ、夕方4時までやったら時間あるけど?」
 「なぁ、今日から、両親学級いうんが、始まんねんけど、一緒に来てくれへん?」 
 ・・・出たな。
 心の中で、顔を引きつらせつつ、
 「構へんけど、4時には、何が何でも、事務所におらなあかんで。」
 と答えると、即座に返事が返ってきた。
 「大丈夫やて。1時から1時間程や言うてたし、余裕やで。」
 「・・・へぇ、へぇ。」
 ま、何事も、経験は勉強っちゅうことで。
 「ほな、頼むわな。」
 澄んだ秋風の中で、あいつの笑い声が、心地よく響いた。

   fin.


..........あとがき.............................................................................................

構想着手から、実に14ヶ月。
途中、半年程ねかせはしましたが、
こんなに長くなるなど、思いもよりませんでした。
結末も、又、ここに至るまで、実は、形をなしていませんでした。
この間、私的な面で、色々あったため、
それが、丸々反映してしまったことは否めません。
そのため、今ひとつ、訳の分からないお話になった上、
収拾がつかなくなってしまったとも思います。

又、内容的に、問題がないわけでなく、
中には、幾分、気分を害した方もおられたかも知れません。
この場を借りて、お詫び申し上げます。

ひとついいわけが許されるなら、
これが、今の私の精一杯というところでしょうか。

全て大阪弁で書いたため、漢字交じりの言葉など、
かなり、わかりづらいところもあったかも知れませんが、
一応、これが、彼らの近所に住んでいた私が耳に馴染んだ言葉です。
少しでも、楽しんでいただけたなら、幸せです。

最後に、ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

2003.04.02  う〜さん  



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