Galerie 2




「生きよ、と。20191030




「生きよ、と。」2

制作年月日 2018年10月25日
サイズ F50号
 



 「まあるく咲きました、と。」

制作年月日 2018年10月22日
サイズ S6号



 「生きよ、と。」

制作年月日 2018年8月28日
サイズ F120号




                 「生きよ、と。」

              制作年月日 2018年4月28日
                      サイズ F120号

 この絵のモチーフとした一輪は、そのままそっくりに描くことではなく、
今季までの数年、毎日、群生地に通い、朝から晩まで見てきた中で
刻々と成長するにつれて変化する、形も色調もすべてが美しいと思っ
たことから、そのすべてを一輪の素材の中に集積・圧縮して描こうと
思いました。そのようにすることが、この花の燃え盛る炎のような勢い
を表出することにつながると思ったのです。その思いは、制作を進め
ていくうちに、特に色の階調やコントラストの強弱の施し方が独自のも
のとなっていいくことにつながりました。

 色彩については、10種のあか~だいだい系の絵の具と、蛍光色な
どの原色を多用して描こうと考えました。色調の強弱の調整は、でき
る限り白や黒を混ぜないで、溶き油での希釈の加減でおこないました。

 余白を白のままとしたのは、画学生時代に課せられた「余白には手
をかけず、モチーフの造形を描き切り、絵とせよ」に立ち返って、自
らの画力の弱点と向き合うためでした。花の造形を描き進めるうちに
余白の白は空気感を漂わせ始めたように感じました。

 この絵の内と外の境目の額縁に架かる一片は、絵を描き進める過程
で、ふと、出現したインスピレーションです。それは、絵に命を吹き込
む要として、世の中がどんどん変化していく中、現代画家としての立ち
位置を今少し強めなければと思った矢先の事であったので、一片の
出現を天啓と受け入れて、構図に取り入れることとしました。
 
 最初、この一片を画面の中に描こうと考え、イメージスケッチをして
みたのですが、どうにも気に入らず、いろいろと試した末、ついに、造
形物として別途制作した一片を、絵の内と外の境目に取り付けるとい
う常識破りにまで及んだ時、ようやく、ハッと腑に落ちる感があり、それ
でよしと思うに至りました。

 この作品は、初の発想と初の試みで制作を進めましたが、絵画とは
こういうものだという概念から脱して展開しようと試みた第一歩として、
今後の画業へとつなげたいと思っています。



 



「星のかたすみにて」
制作年月日 2017年10月26日
サイズM3号




「桃源郷」
制作年月日 2017年4月3日
サイズ F50号



  「 しみいるひかり 」  
 
  制作年月日 2017/3/22
  サイズ    F4号        




      「桃源郷」
※下に掲載したドローイングから制作しました。
  制作年月日 2016年10月27日
  サイズ 50F
 

制作テーマについて

孫たち4人を得たことから、この発想を得た。ここに掲げたドローイングは、いきなり高邁なことを言っても無理な、幼児へのメッセージを込めた作品の制作案である。

「美しいものをじっと見る」命が見えるまで。この絵では、アジサイを観、愛でて遊ぶ子供たちの様を描くことででメッセージ表現しようと試みた。
枝葉に乗る童子達は、実写ではなく、行動の結果を予測し怯むことの無い、はつらつとした童のイメージを描いたのである。
時には「耐える」「我慢する」「持続する」という楽ではないこととぶつかることでもあるということ。自然の中へ出てよく遊ぶことをとおして、いつかきっと、自身の中にも一本の草木の中にも八百万神がやどることに気づき尊敬の念さえ生まれれば、それは世の中の一切を新しくする力となると信じて。いささか道徳の徳目のようで、小生にはこれぐらいしか思い浮かばない。解説抜きでメッセージが鑑賞に訪れた人々に伝えられるほどの画力を持ちたいものだ。未熟を恥じるしだい。

 制作のテーマは、共存・環境についての提言、とした。

テーマ設定に至る経緯は、ずいぶん前から、あじさいをモチーフに制作をしてきたことが重要なので簡単に述べてみる。美大を出た直後の事、なにを描くか定まらず放浪状態の時に、青い玉あじさいに出会い、魅かれるに任せて、見たとおりに描くことに徹して、数日かけて現場での実写で描き切ったことが現在への始まりである。ともかく面白くて毎年、あじさいの咲くころになると出かけては描いてきた中、時には空想も交えて勝手に描いたりもしたりだったが、実際にやったことは、花弁がひしめき合いつつも球体を形成していく様と、家族や人々が、時にはケンカが起きても絆を深め丸くまとまっていく様とを思い浮かべて、イメージを重ねて、これぞ、共存の実現、などと、絵でしか描けないことを描いていたのだが、それは、数年で終息となった。若い人生経験では、数年間続けると新たなイメージもわかなくなってきたことということだった。そのように自覚し始めたころ自ずと選んだモチーフは、カワセミだった。それ葉は単純な思い付きともいえる状況で、たまたま、宮沢賢治が作品中に登場させていたことが気になっていたところ、私の住居近くで当のカワセミが観察できるということがわかって、早速双眼鏡を手に出かけたということだったのだが、目の前を輝く青が一直線に飛翔する姿かたち色鳴き声がすっかり気に入って、毎日その場へ通い詰めることとなったのだった。さすがにスケッチするには動きが速いことと雀ほどの大きさで警戒心が強く、遠目では詳細の観察がかなわず、カメラでの撮影となり、もっと引き寄せてみたいとの欲求に勝てず、600ミリの望遠レンズを購入しての観察撮影の毎日となる始末。やがてわかってきたことは、子育ての頃は30分に一度の割合で川面に飛び込み小魚を捕獲するということ、普段は、一時間30分毎ぐらいに捕食に飛来するということ、求愛の時はメスに捕獲した小魚をプレゼントするということ。そのころ中東では、石油の利権の奪い合いといったことが原因で、砂漠の地で戦争が起きたころだったこともあって、カワセミは、過剰な捕獲も備蓄もせず、食物連鎖上のバランスがとれているとの思いが浮かび、あじさいの時と同様に今度は、カワセミをモチーフに取り入れての、共存をテーマにした絵作りをすることとなった。

現在、人物をモチーフに取り込んでの絵作りをしている。それは、

孫が生まれ、その数4人となったことが動機だ。トップの女児は小学校2年生になり、続いて男児、女児に恵まれ、長男夫婦も女児1子を儲け、にぎやかである。女児小学校2年生に、4人目は長男の子男児で1歳になろうとする現在、孫たちが引き継ぐ環境、社会の状況は、と見れば、地球規模の共存、生きながらえる環境とは程遠く、じっとしてはいられない気持ちになる。

911,311を経験し、我々はどこにいて、何処へ行くのか、という不安状況におかれている現在、これまでの方法を継承し発展させるというやり方では、この混とんとした渦の中から浮かび上がる方向は見えてこないのではないか。

地球規模の共存、継続可能な環境に配慮した国造り、街づくりに必須となる感性とはいかなるものか、どうやったら育むことにつながるのか。子どもたちに引き継ぐべき環境とは程遠い現在の状況を産んだ一因は俺でもある。

そこで一案、教育の再生産。現在の危機が回避される方法とは。いま考えられる唯一の事。それは、私たちの祖先が、かっては、一木一草すべてに霊が宿るという考えを持ち、そのことが、過剰な採取、過剰な備蓄による自然破壊を避ける知恵となり、生活を継続してきたということを子孫に伝えてきたということを思い起こし、今よりも、ちょっとだけでも謙虚に生きることの必要を訴えることにあると思う。実学的思考からは破壊への道しか見えてこないのではないか。




     「あそびましょ」

制作年月日 2015/04/14
サイズ  F120号(1940mm✖1303mm)
  孫たちへ  2015

 この絵はね、君たちが、近くの田や畑で働く父母や、ご近所さんの近くの空き地など、
大自然の中で、いっぱい遊んでいる様子を見たことに加え、皆でワニ園に行ったとき、
途中で見つけたかわいい花を、コノさんが座り込んでじっと見ていたことが、ジジには
うれしかったので、描きました。
 絵の中の君たちは、じっと、あじさいを見ているでしょう。
 そう、一回見たことがある花であっても、はっとするような、何かを感じて、今度は、
もっと、しっかりと見るという、そういう人になってほしいと、祈るような気持ちになって、
君たちを想像した時、この絵が描けました。
 今度、君たちが何かを見たり、思ったりしたことを話してね。楽しみにしているよ。
                                              ジジより




 「早乙女の里に清流霧立ちぬ」

制作年月日 2014,04,23
サイズ M120号(1940mmx970mm)
 孫たちへ
 この絵はね、正月のころお母さんからの手紙で「年末、トナカイの鈴の音と共に
我が家に赤ちゃんがやってきました!」を読んで嬉しくなったと同時に、
え!田や水の神など天神地祇だけではなく、今度はサンタクロース?
という驚きが絵を描くきっかけになりました。お母さんは神々への献上米の稲を
お手植えする早乙女になったりと、八百万神と仲良くして良い作物づくりをしているのですね。
 それは君たちにもきっとできるさ。それにはね、まずは、山からの清流がいつも
澄み切るように、森の手入れをしたり、ご近所さんと助け合って仕事をすることさ。すると、
良い作物を作る人になれてさ、身近に神様を感じ取れる人になってさ、仲良しさ。
 この は、クリスマスの日に生まれたかわいい はな の子守をしたり、四月からは
年長組になるお姉さんだね。しょう は、「大きくなったらトラクターのおじさんになる」と元気
いっぱいだね。頼もしく思います。では、ここまで、ごきげんよう。




「西へ東へ 東風吹かば…」

制作年月日 2013/04/28
サイズ F130号(1940mmx1620mm)
孫たちへ                                         2013/10/20

 この絵はね、君たちのお父さんのお父さんが描きました。そうです、この絵はジジが描い
たのです。
 この絵はね、君たちが東京のジジとババの家に遊びに来た時に、大きな公園にある大き
な空気マットの上でピョンピョンはねて遊んでいた時のことを描いたのです。
 この絵にはね、お空のあるところに大きなお山が二つ描いてあるでしょ。これはね、東京の
ジジとババの家のすぐそばにある東の富士山と、君たちの住むちょっと西のほうにある阿蘇
山です。わかるかな?
 ええ?富士山はどこに描いてあるかって?ああ、ごめんごめん、ジジとババの家の二階の
窓から見える富士山とはだいぶ違うよね。でもね、飛行機で富士山よりももっとずっと高い所
まで舞い上がると、富士山はこの絵に描いてあるように見えるんだ。君たちもこのようにに見
える富士山を見たくはないかね。見たかったら今度ジジとババの家に来たら、帰りに羽田空
港から飛行機で飛んで行ってごらん。お空が青かったらきっと見えるはずだよ。
 ジジとババが、このように高いところから富士山を見たのはいつだったかというと、初めて君
たちの住んでいるところへ行くために飛んだ時だった。なぜ,飛んだかというと、それは、君た
ちのお父さんとお母さんが結婚式を挙げることになり、ジジとババが住んでいるところと君たち
が住んでいるところを赤い糸で結ぶために、その神聖な場に出かけたのです。その時から君た
ちとジジとババたちとで、もう、何本もの赤い糸を引いてきているのですよ。それが君たちにも見
えるといいのですけれども、それはね、心を磨く努力をすればきっと見えるはずです。それはね、
君たちのお父さんやお母さんがいつもしていることだけれども、家族や、ご近所さんや、いろい
ろな人を思いやること、それから、身のまわりの自然を大切にして暮らせば、心は磨かれて
いくのですよ。わかるかな?
 この絵にはね、下のほうにあじさいが咲いていますね。これはね、ジジが大好きな花なんだ。
だから、あじさいの背丈と同じぐらいになるように地べたに座り込んで、あじさいの顔にジジの
目をうんと近づけて描きました。
 さて、絵に近づいてていねいに見るのはこれくらいで終わりにして、絵から後ろへ10歩ぐらい
下がって、大きな絵が一目で楽に見えるようにしてごらん。さて、ここでジジは君たちに質問をし
ますから、答えを考えてくださいね。ここでは、君たちの知っている、きらきら丸い顔のお日様は
描かれていません。なにしろお日様はかくれんぼを始めちゃっていますから。
 では、問題を言います。問題は一つだけです。終わったらみんなで一緒におやつをいただき
ましょうね。
問題: おひさまはいろいろなところに隠れています。隠れている場所がわかったら、ジジの渡す
シールを貼り付けてください。たくさんあるよ、いっぱいシール貼ってね。

 さあ、終わったね、ご苦労さんでした。では、おやつにしましょうね。
 



「こどもたちのいろはかるた」

制作年月日 2012/04/25
サイズ F100号 (1620mm x 1303mm)



「2011,03,11 この気質、ニホンジン 」

制作年月日 2011/05/18
サイズ 130号 (1940mm X 1620mm
  この作品は、中央の余白に、見においでくださった人それぞれに、ご自身の知っている神や、信仰の対象とされている神の姿を思い浮かべて挿入して鑑賞していただくという絵です。つまり、鑑賞者参加型の新しいタイプの絵です。この絵を描いたきっかけは、3月11日の大震災に人々が打ちのめされたかに見えたのは束の間で、天災は過去にもあったではないか、と言わんばかりの勢いを見せて広がった、人々の復興へと立ち向かう善意善行を見て、八百万神の降臨かと、感極まって描き上げました。いろいろな神が非常事態の場に集まって来たという感じの絵にしました。画面全体を占める表現手法はイタリアルネッサンス盛期の画家ラファエル・サンティに倣った感じにしましたが、布袋だけは、水墨画の手法で描きました。この様にした事には意味があります。まず、そこだけが水墨画風に描かれているという、際立って異風な感じが人の目をくぎ付けにし、その刺激が見に来た人それぞれに、それが日本人であれば特に自身の知っているなり、信仰の対象にしている神なりを思い浮かべることにつながり、続いて、中央の大きな余白にその像を挿入することになれば、その時、この絵は完成するという趣向なのです。今では、日本人であっても八百万神のことを知っている人は少なくなってきている現状において、すがれば助かるなどということを信じる人は皆無に近いと思います。小生もその一人ですが、今度の大震災後の人々の中に、たしかに、神のような行動をした人が多く現れて、思わず手を合わせてしまったことがいっぱいありました。そうして、神ならぬ人の行いの中に八百万神を感じたのです。この絵は、日本人の中に住む八百万神は健在であると思った感激が、この絵を描くことにつながったのでした。絵では、西洋と東洋の神を、八百万神に置き換えて描くという方法で表しました。
 以上が、この絵を完成させるまでの経緯です。
 この絵をご覧になったとき、全体としてラファエル・サンティの作品で、ドイツ・ドレスデンのアルテ・マイスター絵画館で公開展示されている「サン・シストの聖母」と酷似していると思われた方が多いと思います。それはその通りなのです。なぜなら、大震災が起きる直前までは、ラファエルへのオマージュという趣旨で、彼の作品の模写を構図の要素に取り入れた作品にするはずだったからです。とくに、、ラファエルの用いたとされる、表現手法のグリザイユや、スフマートの再現を意図していることをお分かり頂けると思います。それともう一つの意図は、重要課題でして、それは、オマージュというからには、小生ならこのようにするという新しさがなければ進歩がないと考え、それを実行することでした。それは、意味のある余白を構図に取り入れるということです。しかし、大震災が起き、今という時代の○○を描くということを座右の銘としている小生としては、展覧会への出品期日が残すところ1か月少々という厳しい状況にあるとはいえ、制作構想を変更せざるを得なかったのでした。初期の構想では、布袋も西の風の神も構図に入れることは考えてもいなかったのでした。ともかく、この作品は初期の構想を生かしつつ、大震災後の時局を鑑みて新たな構想として完成させた作品です。
 




「こどもたちのスペース」
25 avrir 2010 = 25 Aplir 2010
F130(1940mm x 1620mm)



「日本の四季・トマトの花の咲くころ」
11 decembre 2009 = 11 December 2009
M120 (1940mm x970mm)



「日本の四季・稲の花の咲くころ」
27 avrir 2008 = 27 April 2008
F100 (1620mm x 1303mm) x 2



「日本の四季・かわせみ」
avrir 2007=April 2007
P120(1940mm x 1303mm) x2



「共存・環境について」シリーズ10・8・9の連結仕立て
octobre 2005 = October 2005
F60(1303mm x 970mm)x3




「共存・10」――荒野に照らすもの――
novembre 2004 = November 2004
F60(1303mm x 970mm)



「共存・9」――緑野に照らすもの――
octobre 2004 = October 2004
F60(1303mm x 970mm)



「共存・8」――潮騒に照らすもの――
octobre 2004 = October 2004
F60(1303mm x 970mm)


「共存・7」――阻むもの――
mars 2004 = March 2004
M120(1940mm x 970mm)



「共存・6」――決断のとき――
juin 2003 = June 2003
M100(1620mm x 970mm)




「共存・3」――夜明けのとき――
第54回三軌展にて安田火災美術財団奨励賞受賞
mars 2002 = March 2002
 P150変形(2273 mm x 1303 mm)




「共存・2」――生きるとき――
mars 2002 = March 2002
F50(1167 mm x 910


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