狼(1)〜秩父(秩父鉄道沿線)のオオカミ
     B. 三峯神社以外の沿線10社〜その1

両面神社  埼玉県秩父市栃本 
        秩父鉄道「三峰口」から西武観光バスで秩父湖乗換え、秩父鉄道バス「栃本関所跡」下車
        十文字峠方面に山道を歩30-40分
両面神社のある栃本は、日本武尊が、甲斐(山梨県)から雁坂峠を越え秩父盆地に入る玄関口にあたると共に、信州から十文字峠を越えて秩父に入る要所でもある。
秩父往還上にあリ、この地は、栃本関所が置かれた要所でもある。
ここから秩父方面へ進むともう三峰山である。
両面神社は三峰・三峯神社の姉妹社とされ、祭神はイザナギ・イザナミ命の二神で、山犬(オオカミ)を御眷属とする。
霊験は広く語られ、祭礼は近隣からも大勢集まって賑々しく行われた。
その際の山車が現在は、秩父神社に納められているという。

オオカミの姿の入った「火防盗賊四足除」のお札を発行している。
また、御眷属拝借の札もあり、「御眷属(オオカミ)をお借りしてきて、火事を防ぎ、盗賊を防御し、田畑を猪や鹿から一年間守ってもらい、翌年お返しする」という往時の講の片鱗が窺われる。

現在のオオカミ像は、拝殿を造り替えた昭和32年3月に設置されたものだが、先代のオオカミ像は拝殿の中に保管されていて、写真を撮ることは出来ない。

奥社は無いが神社は白泰山を経て十文字峠に至る道、山の中にある。

昭和32年(1957) 栃本氏子一同 神殿建て直し記念
栃本関所跡
江戸幕府は、関東への「入り鉄砲」と関東からの「出女」を取り締まるため主要な街道に関所を設けた。栃本関所は、中山道と甲州街道の間道である秩父往還の通行人を取り調べるため設けられたもので、その位置は信州路と甲州路の分岐点になっている。両面神社へは十文字峠方面へ進む。

 十文字峠方面(両面神社)への山道入口               分岐道標

    栃本から雁坂峠方面                      栃本関所跡


猪狩神社  埼玉県秩父市贄川古池、秩父鉄道三峰口駅から小鹿野町営バス「古池」下車5分
猪狩(いかり)神社は、日本武尊が、東征のおり、この地を荒らす猪の群れを退治された故事にちなみ、伊弉諾命(イザナギ)、伊弉冉命(イザナミ)を祀り、後に日本武尊を合祀した社で、現在の社の棟札には、寛政五年四月吉日と示してある。(境内の案内板より)

神社を守っているのは、地元・古池地区の十二軒の人たちで、火盗四足除けのオオカミのお札は、毎年、木版手摺りで「猪狩講」のために作られる。

日本武尊の眷属の山犬(ニホンオオカミ)像がある。明るく開けた感じの場所にあるオオカミ像は少ない。
像は、阿が左、吽が右に置かれ、端整な像である。
猪狩神社の奥宮


 奥宮は、神社の裏から、崖登りに近い急な登山道を両手両足を使って小一時間もよじ登った、
猪狩山頂の肩にある。
氏子は、秋祭りに奥宮に登り、雑穀で作った「お炊き上げ」を供え、
日本武尊が猪を狩ったときの雄たけびに因んで、東を向いて両手をゆっくりあげながら、
皆で「イォー」と三回「とき(鬨)の声」を上げる。

猪狩神社奥宮                   猪狩山 奥宮から見た両神山方面



若御子神社  埼玉県秩父市上田野栃久保、秩父鉄道「武州中川」駅下車、歩20分
若御子神社は神日本磐余彦尊(神武天皇)を、天平年間(西暦730年代)上田野の主峰若御子山の頂きに祀斎たのが創始の起源とされる。
若御子の名は、神武天皇の別名若御毛沼命の若御毛からではないかといわれる。

釜山神社(埼玉・寄居町)の由緒書によると、若御子山は日本武尊が奥秩父から奥武蔵に至るときに通った道筋の山の一つとされている。
しだれ桜で知られる清雲寺に隣接している。

この社に、2対のオオカミ像が奉納され、オオカミの姿の入ったお札も頒布されている。しかし、日本武尊にかかわる由縁やお犬様信仰に関しての痕跡などは残っていない。秩父の他社に習ったものかもしれない。

神社石段上の鳥居前 左右    紀元2600(昭和15)年(1940) 奉納 当所町田磯次郎

参道の鳥居の前

昭和16年(1941)4月 奉納:当所井上妻蔵 石工:秩父上町・石六

若御子山 (頂に祭神を祀斎したのが社の創起)

武甲山御嶽神社  埼玉県横瀬町武甲山頂鎮座、祭神(主神):日本武尊(倭健命)他2柱)
       西武鉄道「横瀬駅」下車、登山口(生川)まで徒歩2時間(タクシー可)、さらに山頂(神社)まで山道を2時間
       下山は秩父鉄道「浦山口駅」へ(裏参道)約3時間


本社は、武甲山の山頂(標高1,304m)に鎮座する。かつて武甲山の山頂には、蔵王権現社・熊野権現社などが鎮座していたといわれるが、明治初期に御嶽神社と改称された。里宮は麓の埼玉県横瀬町にある。

横瀬からみた武甲山
「新編武蔵風土記稿」には「社に日本武尊像が納められている」「当社は、第12代景行天皇の御世、皇子日本武尊がご東征の折、当山山頂に武具甲冑を埋められて、関東の鎮護となされたのを起源とする」とあるという。「武甲山」の山名の由来でもある。

また、秩父神社の「秩父夜祭」の名で知られる「御神幸祭」は毎年12月3日に行われるが、この深夜、「亀の子石」の上で、武甲山(妙見山)の男神(蔵王権現、蛇・龍神)と秩父神社の女神(妙見菩薩)が、年に一度の逢瀬を過ごされる、と伝わる。

オオカミ像 現在、武甲山には、日本武尊や蔵王権現とオオカミを関連付ける伝説をはじめお犬さま信仰に関する痕跡は見られない(オオカミのお札もない)。
しかし、尊の眷属ともいえる山犬(ニホンオオカミ)の像が3対奉納されている。
オオカミ像は山頂の拝殿の前に1対、生川(ウブカワ)口(表参道一丁目)の二の鳥居の前に2対ある。
いずれも、大正時代末期以降のものである。
武甲山山頂の御嶽神社本

拝殿前のオオカミ像 奉納大正十(1921)年
武甲山御嶽神社 表参道二の鳥居(生川登山口)前の二対のオオカミ像
二の鳥居は、御嶽神社参拝の表参道登山口で、生川(ウブカワ)口ともいう。
ここに一丁目の丁目石(写真の右下)がある。(一の鳥居は山麓−横瀬にあったが現在はない)
ここから山頂(神社)までは52丁、所々に丁目石がある。山頂の神社まで約2時間登る。
この鳥居の前に「皇軍の大勝と将士の武運長久」を祈って2対のオオカミ像が奉納されている。
鳥居前、手前のオオカミ像    為皇軍大勝将兵武運長久祈念時 昭和巳卯孟秋旬日、奉納 昭和2年(1927)10月
  雄オオカミ像                   乳房のある雌オオカミ像
鳥居前、奥のオオカミ像  為皇軍大勝将士武運長久祈願時昭和十四年秋九月、奉納 昭和14年(1939)9月