ー 日本武尊(倭建命)神話と結びついた「お犬様(狼)信仰」ー
〜オオカミ 秩父・武蔵のお犬さま信仰
古来、狼、猿、猪、熊、大蛇などは、「山の神の使い(神使)」、「山の神」として畏敬されてきた。
関東地方では、オオカミは、山そのものをご神体とする社のご本尊(xx権現、〇〇明神など)のお使いとされ、
山の神である大山祇命の神使ともされ、さらには、日本武尊の眷属・お使いとされた。
「秩父、武蔵のお犬さま信仰」は、山の生活に密着した素朴な山犬信仰が、
山岳修験者などによる影響も受け、
その上に、「日本武尊(ヤマトタケルノミコト)」の東征伝説が巧みに織り交ぜられたものといえよう。

日本武尊像(三峯神社)


 日本武尊は、東夷平定の帰路、甲斐(山梨県)の酒折宮から、武蔵(秩父、奥多摩、奥武蔵)を通って、上野(群馬県)へ向かい、「碓日坂」を越えて信濃へ入ったと日本書紀にある。

秩父で「お犬さま信仰」を創設したのは、秩父市の三峰山三峯神社だとされている。
三峯神社の日光法印(享保5年、1720年)が境内に狼が満ちたことに神託を感じ、火災、盗難、四足除けに、日本武尊の眷属とされる山犬(ニホンオオカミ)の神札を信者に授けたことに始まるという。
三峯神社繁栄の基礎が確立したのは、この山犬(御眷属)信仰に基づくといわれ、信徒は関東一円ばかりでなく甲斐、信濃、東北地方にまで及んだ。

「お犬さま信仰」の仕組みは神社経営の方策でもあり、日本武尊の東征の道筋(帰路)に当る秩父、武蔵の多くの神社がこれになら(倣)ったと思われる。
各神社の由緒書などにも日本武尊とオオカミの伝説が絡む。

なお、三峯神社を中心とする秩父のお犬さま信仰は、それより古い、近くの両神山の山犬信仰が基になっているともいわれる。


三峯講 ・御嶽講
 江戸時代も後期になって、「お犬さま信仰」は町民・農民の間に爆発的に広がった。この隆盛は、お犬さま信仰」の仕組みが当時の世相や暮らしにマッチしたものだったことにあるともいえよう。

ご利益は、農民には田畑を荒らす四足(猪・鹿など)除け・農業養蚕守護、商家町家などには火災・盗賊除け、一般には狐憑き・悪霊・疫病除けなどと、広い層に具体的にアピールするもので、当時の人々にとってこれらは日常の暮らしの中で、最大の関心事だった。

お札 神社(「お山」と呼ばれる)は、日本武尊の難儀を救った眷属の山犬(ニホンオオカミ)を「オオカミの姿の入ったお札」として信者に派遣・貸与し、信者は毎年、講中の代表を立ててお山に参詣(代参という)して新しいお札を頂くのが習いだった。眷属(オオカミ)は「大口真神」「お犬さま」「神犬」「巨犬」などと呼ばれた。

代参は、全行程を徒歩で行く時代に、大変な労力を要することだったが、娯楽のない当時は旅費は講持ちで公認された楽しみな旅でもあった。代参はまたお山と里との交流の場でもあった。お山から授かったお札は帰着すると各講員に配布された。

「講」は、お山への代参人を籤引きなどで決める母体だったが、講員の親睦、結束、(金銭的)相互扶助にも貢献した。「講」は、秩父・武蔵・江戸では、ほとんどすべての村落・町内ごとにつくられ、近隣にお山の末社を造って神使のオオカミ像なども奉納された。特に三峰・三峯神社(秩父市)や武蔵御嶽神社(青梅市)を「お山」とする「三峯講」「御嶽講」が有名である。


三峯神社のお札


オオカミ像とお札
現存するオオカミ像で年代の判る最古の像は、秩父では、秩父市三峰の三峯神社の本殿前階段下にある文化7年(1810)の像とされるが、奥多摩には、湯久保尾根の鑾野御前神社の(宝暦8年・1758-mizcreidさんによる)、大岳山の大嶽神社の(宝暦9年・1759)、笹久保の貴冨禰神社境内の(宝暦10年・1760)の像がある。

関東地方の平野部でオオカミ像というと、三峯講・御嶽講が、末社に奉納した「お犬さま信仰に拘わるオオカミ像」を指すといってもよい。

秩父・武蔵の神社(お山)のなかには、現在でも「オオカミの姿の入ったお札」を頒布している社もある。(狼6の項参照








オオカミ像(武蔵御嶽神社)


参考 ニホンオオカミ(山犬)とお犬さま(像)
「お犬さま信仰」に拘わる神社のオオカミ像は、山犬(ニホンオオカミ)の姿を写したものと一般にいわれている。しかし、ニホンオオカミは、1905年(明治38年)に奈良県東吉野村鷲家口で捕獲されたのを最後に絶滅したものとみられ、今では、その姿形は日本には三体だけしかない剥製標本などで推測するしかない。右図は、その3体の剥製標本の一つで国立科学博物館所蔵のもの。

三峯博物館などの資料を総合すると、ニホンオカミの特徴は、大陸の他種の狼より体型はかなり小型(体長110cm前後)で、短足、尾は短く(30cm前後)、耳は小さいなどとされる。

これに対して、お犬さま像の姿は実に多種多様だが、尻尾は殆ど例外なく長く太い。耳は大きく形状も幅広肉厚でたれ耳も多い。また、足も長い。特有のアバラ表現もある。


ニホンオオカミ剥製 国立科学博物館・展示
 「ニホンオオカミの実像」と「お犬様信仰のオオカミ像」はかなり違うように思える。
もっとも「お犬さま像」が山犬(ニホンオオカミ)と同じ姿でなければならない理由もない。
「お犬さま」は「お犬さま」である。