障害連のあゆみ


 1974年に当時の労働組合のナショナルセンターであった「総評」の呼びかけで、全国の障害者団体が福祉年金の大幅アップを求めて、「国民春闘」に参加したのが出発でした。

 1976年に正式に障害連が結成しました。福祉年金の大幅アップなど、障害者の所得保障の確立といった課題が活動のメインでした。

 団体加盟の形式をとり、養護学校の同窓会や施設の自治会など、比較的障害の重い人たちによって構成されています。交通機関の改善運動にも積極的に参加し、20年近く行ってきた運動の成果は、2000年11月に制定された「交通バリアフリー法」に反映されています。

 所得保障については、1985年の障害者基礎年金の創設に大きく寄与し、幼い時からの障害の重い人たちの年金を、所得保障と呼び得るものへと近づけることができました。

 また、生活施設で暮す人たちの自治会とも連絡をとりあいながら、生活施設の改革、例えば日課や規則の中で施設で暮している人たちの自由を認めさせていくことや、利用料を本人が負担をし、親などには負担させないことなどの制度的な問題についても働きかけてきました。

 日本障害者協議会(JD)やDPI(障害者インターナショナル)日本会議という大きな団体にも参加し、横の関係をつくってきました。

 2003年1月厚生労働省が支援費制度導入に伴ってサービス量の上限を設定しようとしたことに対して、全国の多くの団体と手を結び、1年間の凍結と、地域生活支援に関わる検討会(「障害者(児)の地域生活支援の在り方に関する検討会」)の設置を厚生労働省に約束させました。そして、その検討会に代表の太田が、日本障害者協議会(JD)政策委員長の立場で参加しました。

 2004年、にわかに支援費と介護保険を統合していこうという提案が厚生労働省よりあり、障害連は、日本障害者協議会(JD)、DPI(障害者インターナショナル)日本会議の運動と連帯し、これまでのサービスを大幅な後退させることなく、扶養義務の見直しや、所得保障の確立、総合的な法制度の整備等、抜本的な改革を求める立場で、厚生労働省と折衝をしています。

 ところで2004年は、約20年にわたって活動してきた総評会館を離れ、同じ千代田区の神田錦町にDPI日本会議と共に移転した再スタートを切った年となりました。

 障害連のめざすものは、障害の重い人たちの独立と自由、社会的な自立です。これからも障害の重い人たちの問題を深く掘り下げていき、当事者の立場で、そして関係者と共に活動を進めていきたいと考えています。



2019年度重点課題・活動方針