【氷菓を手土産に】


「たのもーう」
 炎天下の昼さがり、とある焼肉店のまえにて呼ばわる声が響く。
「たのもーう。たのもーう」
 店内で「おしゃれな店舗改装プラン」などというパンフレットを熟読していた刀々斎は、いぶかしげに窓の外を見た。
「……あいつ、時代劇の人かよ」
 そうこぼしてスルーすると、また椅子にかける。
「たのもーう。たのもーう」
「おれ、いま留守なの」
 刀々斎はつぶやいた。店のまえには銀色の髪をもつ長身の青年が仁王立ちしている。この道場破りのように呼ばわっている青年こそ、常連客闘牙王の長子、殺生丸である。文武両道にして眉目秀麗。とっつきにくいというよりむしろ、誰もとっつけない孤高の青年である。

 やがて殺生丸は、低く吐き捨てた。
「どうやら死に絶えたようだな」
「おい、かってに殺すな」
 根負けして扉から顔を出した刀々斎は、「ちょいちょい」と表の看板をゆびさした。
「ほれ。『しばらく休業します』」
「しらん」
「あのな、おまえらが店をめちゃくちゃにしたから、いまかたづけとるの。ついでにハイカラな感じにリニューアルするんだから、しばらく来るんじゃねえよ」
「きさまの自家製シャーベットはまだあるはずだな。持ち帰り用にいくつか包め」
「あいかわらず話を聞かんやつだな。あと、ひとにものを頼むのに「きさま」もあるかい」
――いま殺生丸は「シャーベット」と言った。この焼肉店、肉が最高にうまいのもさることながら、自家製シャーベットもかなり有名なのだ。老店主が気まぐれにつくる氷菓は夏季限定で、常連はこれだけを買いに立ち寄ることもしばしばなのである。
 刀々斎はためいきをついた。
「おまえ、闘牙王の息子なんだよなあ」
「そうだが、なんだ」
「ちえっ、しょうがねぇ。入んな」
 常連さま、だいじ。刀々斎はがらんとした店の中に殺生丸をいざなった。


 涼やかな歩みで殺生丸が店内に入ってゆくと、シャーベットの入れられたケースは、以前とおなじ場所に鎮座していた。
「今日はやけに種類が少ないな」
「あたりまえだろ。休業中なの」
「ふん、まあいい」
 シャーベットのケースの前で、殺生丸はしばし黙考した。こうしてみると、やはり良い所のご子息だと思わせる気品が漂っている。
 刀々斎は内心うなった。高貴と静謐を彫像にしたら、こんなふうになるだろう。それがたとえ、何味のシャーベットにするかで迷いまくっているのだとしても、だ。

 しばらくすると、殺生丸は宣言するようにゆびさした。その所作たるや、堂々たるものである。
「この苺とメロンと西洋梨。レモン味もだ」
 刀々斎はぼりぼりと頭をかいた。
「……念のために聞いとくが、それおまえさんが食べるのか?」
「いや。手土産だ」
「だろうな」
 こいつが苺のシャーベットをうまそうに食ってるところ、想像できねえもん。そう刀々斎は思った。
「ふーん。おまえが食べるんじゃねえんなら、包装してやるか。そこにいろいろ見本があるだろ。好きなのをえらびな」
 レジの横には贈り物用のコーナーがあって、可愛らしく、あるいはエレガントに包装された商品がディスプレイされていた。
(包装か……)
 殺生丸は最近の手土産のことを思いかえしていた。このまえやったのには赤いリボンをかけ、そのまえのは花の飾りをつけて渡した。そのもうひとつまえはクマさん柄の包装紙だったか。
「……では、桃色の市松模様ので」
「桃色って……おまえ、なーんかじじくさいよなあ」
 そこは「ピンク色」とか「チェック柄」じゃないのかよと刀々斎は毒づいたが、本物のじじいにしてはハイレベルに可愛らしく薄桃市松の包装紙をかけてくれた。そうして、何かに気づいたように大きな眼をぱちぱちさせた。
「ピンクのラッピング……まさかとは思うが、カノジョか?」
「そういうのではない」
 殺生丸は凛々しく言い放ったが、目がすこーし優しい感じになったのを刀々斎は見逃さなかった。伊達に歳はとっていないのである。
「じゃあ、おまけ。リニューアルオープンしたら、連れてきな」
 リボンの間には「お食事のかたにはデザートをサービスします」のペアチケットが挟んであった。


 支払いをすませ、「じゃーなー」という刀々斎の見送りの声を背に、殺生丸は店を出た。「改装オープンのおしらせが届くまで来るんじゃねえぞ。弟にもちゃんと言っとけよー」、とかなんとか言っていたような気もするが、店を出た瞬間にきれいさっぱり忘れておいた。
 炎天下のアスファルトは、透明な水面のように揺らめいている。殺生丸の目に、ある娘の面影がうかんだ。彼女は瞳をかがやかせ、この手土産をうまそうに食べるにちがいない。あの少女とならば、苺のシャーベットを食べるのも悪くない、と殺生丸は思う。
(溶けないうちに持っていってやらなければ)

 手にした可愛らしい手提げ袋に目をおとした殺生丸は、かすかに笑ったように見えた。


< 終 >












2014年9月1日UP
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