【からくれなゐ】


 屋敷の紅葉した木々から、さまざまな葉が音をたてて降っている。りんはその音に耳をすましながら、色とりどりの落葉を掃きあつめていた。いくら掃いても終わらないのだが、屋敷の手入れをすることもりんには嬉しい仕事だ。


 おおかたの落ち葉をようやくよせあつめたそのとき、りんは調子はずれの声をあげた。りんを背後から抱きすくめる者がいたのである。
「殺生丸さま……!」
 守り人のように抱きしめる腕、背中ごしに感じる背の高い逞しい体は、間違いなく愛しいひとのものだ。
「ああ、おどろいた」
「私に気づかなかったのか」
 りんの頬に、後方から銀色の髪がさらさらと落ちてくる。安心感と同時に、とめようのない胸の高まりを感じてしまう。
「ごめんなさい。落ち葉の音が大きくて」
 答えはないが、りんは続けた。
「種類によって音が違うから、たのしいです。この小さなもみじは、かわいい音。となりの大きな黄色の葉は、邪見さまのくしゃみみたいな音。さいしょ落ちてきたときは、びっくりしちゃった」
 そんなことを話しながら目線をふり向けようとすると、胸の前にかけられた殺生丸の手が小袖の襟元にすべりこんできた。
「……あっ」
 邪見は使いに出ているし、屋敷は結界に囲まれている。誰も来はしないと分かってはいても、りんにしてみれば、恥じらいがある。刻限はまだ昼前だ。
(どうしよう)
 りんは目を閉じた。瞼の闇の中では、襟元をなぞる指先の感覚がよりいっそう鮮明に感じられる。刀を持つこのひとの手は、ときに羽毛のようにやわらかくりんを愛撫する。

 箒を握りしめたままうろたえていると、りんの耳元に静かな声が降ってきた。それはどんな紅葉の舞い落ちる音よりも優しい。
「気に入ったか?」
「え……」
 殺生丸は小袖の襟元をおしひらいて示した。りんが着た小袖の下には、真新しい紅色の小袖が重ねてある。
「このまえの着物だ」
 それは数日まえ、殺生丸がどこからか「調達」してきてりんに与えたものだった。殺生丸はりんが人里を離れ自分の妻となったのちも、うつくしい着物だの珍しい菓子だの、ときには花などもおりにふれては与えている。くだんの着物は紅地に秋草と紅葉が刺繍された見事な品で、襟元の差し色にして装うとまことにあでやかであり、邪見にも褒められたものだった。
「え、あ、着物……!?」
 りんは一瞬にして真っ赤になってしまった。なにをひとりで先走っていたのだろう。湯気が出そうな頬を、隠すようにして答えた。
「とても……きれいです」
 それきり黙りこんでしまう。
 殺生丸はしばし黙考した。小鳥のようによく喋るこの娘にしては、妙に寡黙すぎる返答だ。

 落ち葉の立てる音だけが、やけに大きく感じられる。
 ほどなくして、沈黙は殺生丸の声でやぶられた。
「……りん」
 殺生丸は襟をおしひらいた手を、今度は首筋から頬へとなぞらせた。薄絹でも撫でるような仕草だった。愛おしくてならないとその手のひらや指が語っている。
「りん」
「…………」
「りん」
 殺生丸が声には出さず微笑した気配を、りんは耳元で感じた。どうやら先程の早合点は、あえなく勘づかれてしまったようだ。りんはもう、口をきくのさえ恥ずかしくてならない。ほんとうはわあわあ叫びながら穴でも掘って隠れてしまいたいくらいなのだ。
「りん」
「はい」
「顔が熱いようだ」
 殺生丸は覆いかぶさるようにして、その頬にくちづけをした。


 あちこちで木の葉の落ちる音がする。りんの頬がますます赤く見えるのは、紅葉の照りかえしのせいだけではないようである。


< 終 >












2013年12月1日UP
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