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連作小説 夢のあとに

旅の途中

 

 夜明け前に目が覚めた。

 ここはいったいどこなのだろう。薄暗い板張りの広間に敷いた布団の中で、わたしは考える。隣から、軽くやさしげな寝息が聞こえる。幼い少女がそばに寝ているのだ。

 思い出した。

 少女はわたしの妻だ。まだ3、4歳の頑是無い子供ではあったが、それでもわたしの妻であることは間違いなかった。わたしは妻と旅に出て、この山里の寺に一夜の宿を頼んだのだった。

 いつ妻が幼女の姿に変身したのかは思い出せなかった。だがそのために、わたしがまた新たな罪を背負うことになったことだけはわかっていた。

 そもそも旅に出たのが、わたしの罪を償うためなのだった。だがいつか、旅の途中で、妻は幼女の姿に変わってしまった。わたしは妻を元に戻すために、さらなる罪の償いをしなければならないのだ。

 わたしには子供がいた。娘1人と、息子2人。その子供はいまどこにいるのだろうか。あるいは旅は、子供を捜すためのものであったのかもしれない。それとも、子供から離れているという「罪」をこそ、償うためのものであったのかもしれない。いずれにせよ、わたしの旅は、贖罪の旅でなければならない。

 うっすらと夜明けの光が差し込んできて、わたしと妻が寝ている本堂の襖絵を浮かび上がらせた。

 地獄絵。

 襖に描かれていたのは、稚拙な筆運びの地獄絵だった。デフォルメされた鬼たちが、罪人を責め苛んでいる。このような部屋に宿をとったことは、あるいはわたしの旅にとって必要なことであったのかもしれない、と思った。

 妻が目を覚ました。あたりを見回し、すぐに、地獄絵の炎が怖いと泣き出した。

「怖いことなんかないよ。わたしがお前にしたことのほうが、よほど恐ろしい…。」

 つぶやきながら妻を抱き寄せる。胸の中にすっぽりと入りそうな、小さな、やわらかな身体。

 襖絵の炎は、あくまで赤い。

 この山里で、放火があったことは知っていた。何軒かの百姓家が、数日の間に灰になったということだった。村人たちは、放火犯を探していた。そこへわたしたちがやってきたというわけだ。当然ながら、疑われているはずだ。だが、村人は疑心を持ちながらも、わたしたちにこの宿を提供してくれた。

 妻の泣き声を聞きつけて、ひとりの老婆が本堂に入ってきた。

 わたしは、わたしたちにかけられた嫌疑をそらしたいと思った。そのとき、わたしの中に啓示のように一つのことが浮かんだ。

 わたしは妻と交わらなければならない。そうすることにより、わたしの罪の一部はあがなわれて妻は元の姿に戻るだろうし、またわたしたちへの村人の疑いも晴れるだろう。

「○○さん(わたしはなぜか老婆の名を知っていた)、わたしは妻を抱かなければなりません。ここはお寺で、そのようなことをしてはいけないのだと思います。どこか、わたしたちが『できる』場所を知りませんか?」

 老婆はわたしに、山の上を指し示した。

「あそこに草原の見晴らしのいいところがありますじゃ。ここらの男と女がまぐわうところでな、わしらも若い頃は…。」

 わたしは礼を言って、妻を抱き上げるとその山へ向かった。

 どうやら切り通しの上を歩いているようだった。雨上がりで足元が非常に良くない。わたしは妻を抱いたまま、足を濡らしながら歩いた。妻はますます幼くなり、もはや幼児というよりよちよち歩きの赤ん坊に見える。

 早く妻を抱かなければならない。それがわたしに課せられた刑罰なのだ。

 切り通しの下には道があり、そこを幾人かの小学生たちが通っていく。ひょっとしたらその中にわたしの子供たちがいはしないかと、わたしは目を凝らした。

 考えてみればわたしたちは旅の途中なのだ。ここにわたしたちの子供がいるはずはない。だが、わたしは子供の姿を捜した。子供に会うこともわたしの贖罪なのだと思った。

 子供たちの姿が消えた。

 わたしは切り通しの下に降りようとした。と、足が滑った。

 滑落。

 わたしたちはずるずると滑り落ちていく。

 妻の幼い泣き声だけがずっと続き、わたしたちは一向に下に到達しない。終わりが得られないのは、わたしの罪の多さゆえだろうか。

 アリスが兎の穴に落ちていく光景が浮かんだ。そうだ。これもまたきっと旅の一つなのだ。

 その証拠に、ほら、いまわたしは目覚めた。目覚めが夢の中で起きたことか、それとも新たな夢への入口なのか分からないのは、わたしが旅を続けているからに他ならない。

 贖罪の旅が、また新たな罪を作り続けているというのに、わたしはまだ旅をしている。

 

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