「高橋らしい」
と和彦は笑った。
「だから高橋は」
と苦笑する。
お前のことは全部知ってるよ。仕方がないなと笑ってみせる。
不思議だ。
それはどこからやってくるのだろう。
例えば、痛みを伴う行為。過度に身体を傷つけたり汚したり、相手を選ぶアブノーマルな。
あるいは、演技。誇張された衣装やら仕草やら口調で相手にとってフェティッシュな役割を。
高橋春樹は、買われた人形なのだから、求められるのは大概そんなものだ。
そんなもののはずだった。
彼は、そんなことを望まない。服装すら気にしない。
快適なこの部屋で、高橋春樹にはすることがほとんどない。
眠って、起きて、セックス(まあ、たぶん穏やかな部類の)。
何もしない自分を、和彦が不満に思いだしたのは、知っていた。
直接言われたから。
だってそれで良いはずじゃないか。そのために、買われてきたんだろう?
とは、答えない。
「何か、やりたいことは?」
笑顔の少なくなった彼が尋ねる。
「うーん?」
高橋春樹は首を傾げる。
やりたいこと。やれること。やるべきこと。高橋春樹に、出来ること。
「特に……じゃああの、家事俺がしようか?人頼むのやめて」
提案したのに彼は険しい表情で首を振る。
「それはいい。何かないのか?学校行くとか」
「学校、ね」
高橋春樹は、彼のことを名前以外ほとんど知らない。
どんな仕事をしているのかも、年齢も。
彼は高橋春樹のことを何でも知っている。
味付けの好み、好きな作家、嫌いな歌。
教えていないはずのいろんなことを。
けれど彼は忘れている。
学校?
「費用なら、気にしなくていいから」
彼は、忘れている。高橋春樹は、笑ってみせる。
「ありがとう。うん、考えるよ、ちゃんと」
ありがとう、もう一度言って頬に口付けると彼もようやく表情を緩め高橋春樹を抱き寄せた。
ベッドの上で自分の手のひらを眺めた。
照明を落とした薄暗い部屋の中でそれは白く不気味な、何か得体の知れないもののようだった。
隣で眠る彼に嘘をついた。
嘘だ。本当は何にも考えていなかった。
眠って、起きて、セックス。
怠惰な高橋春樹にとってその生活は都合のいいものだったから。
大体、高橋春樹は。
『さあ、思い出せ!ほら思い出せ!高橋春樹がどんな人間だったか!あんたのそれにその行為に値するような人間だったのか?』
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