ユリカ姫・愛の遍歴
彼女に会うまでに、少ないながら一応数人とそうゆうことをしていたけれど。
彼女は間違いなくそれまでの相手の中で一番上手かった。
彼女が口を開いて、ほんの少しきつい言葉を吐くだけで胸が高鳴ったし、ちょっとつねられただけでドロドロに融けてしまいそうな気分になった。
とにかく彼女とするのは気持ちが良くて、縛られるのもぶたれるのも髪を引っ張られて舌の先で口内炎を執拗にいじくられるキスもふっくらした童顔も茶色いさらさらした髪も全部好きだ。

彼女がその口でひどくするのは口内炎だけじゃない。血まみれの傷口を舐め上げ、青痣に吸い付き噛み付く。
彼女が、私の擦りむいて治りかけの膝の傷口のめくれ掛けた皮を歯に挟んで引き下ろす。
ぎゅっと目を閉じた私は桃を思い出す。
丸のままの桃に歯を立てる。柔らかな実から甘い汁が溢れ出す。産毛の生えた皮を歯に挟んでひき下ろす。ずるりと皮がむけて、露に、裸に、
ぶち、と皮がちぎれる。
痛くて痛くて私は涙を流した汚い顔で彼女を見上げる。
彼女が馬鹿にした表情でぷっと、吐き出した私の皮膚はニ、三リ程度の幅の小さな切れ端だった。
「馬鹿じゃないの」
彼女が口を開く。
確かに。たったこれだけなのに。
それでもそのとき私は凄く痛くて、自分の膝は真っ赤な肉を露出させているんじゃないかと思ったくらいだ。

彼女とするのは気持ちが良くて、彼女とするのもふっくらした童顔も茶色いさらさらした髪も全部好きだったけれど。
ふわふわしたピンク色の、春らしいスカートから真っ白い脛を覗かせて私を踏みつける彼女のその軽蔑のまなざしは嫌いだった。
私は、蔑まれたかった訳じゃない。
ちょっと痛くして欲しくてちょっといじめて欲しくて、相手のボキャブラリーによっては罵られるのも好きだけれど、軽蔑されて、馬鹿にされるのは嫌いだ。
誰だっけ?あんたは××じゃない、と言い放った相手が居た。
蔑まれるのは当たり前だと、自分はご主人様で私はその奴隷なのだからと。逆に喜べ、とまで。
まあいい。そんなことは別にどうでもいい。
私は誰かに定義なんてしてもらわなくても困らない。
全然ちっとも困らない。
彼女はそんなことは言わなかった。何も言わずに私を軽蔑し、見下していた。

ある日、
ガムテープで両手両足を縛られたままベッドの上に転がされた私は彼女がシャワーを浴びて出てくるのを待っていた。多分、きっちり服を着込んだ彼女は未だ裸同然の私を馬鹿にするのだろう。
浴室に続くドアが開く音がして、期待に胸を膨らませ、寝返りを打った私の目に飛び込んできたのは。
……アダムスキー型円盤だった。
「は?」
直径三十センチほどのそれは『ふよふよ』としか形容出来ない様子で私に向ってくる。
「え?え?ええっ?」
まともな言葉の出ない私に構わず『ふよふよ』と宙を漂うそれはそのままの頼りない勢いで窓ガラスにぶつかり『カツン』とささやかな音を立てた。
小さな小さなその音の後で、窓ガラスは粉々に砕け散った。
彼女の、一部の隙も無く整えられた綺麗な彼女の部屋の、窓ガラス。

ああ、怒られる。
混乱した私はそんな馬鹿なことを考えて、そしてその予想は私の中を甘く幸福に満たして行くから、私の頭は余計に使い物にならない。ぼんやりと風に揺れる白いカーテンを眺めた。
カーテンを揺らす風が火照った頬に気持ちよかったのはほんの少しの間で、さすがに下着だけの体には冷たすぎる。
体が冷えるといくらか冷静になる。
彼女はどうしたのだろう。様子を見に行きたいが、今の状態で無理に起き上がろうとしてもベッドから転げ落ちるだけだ。
耳を澄まし意味も無く首を伸ばして浴室を伺う私に、また、ドアが開く音が聞こえた。
そして、シューシューと言う、音とともに現われたのは。

火星人。

昔懐かしタコ型火星人だった。
そう、これは火星からの亡命者であった彼女と私が革命を起こして圧政を敷く王を倒し、新王朝を樹立するまでの物語。

NOVEL