ある日私と佐々木さんは白い髪の男に攫われました。
どうして私と佐々木さんなんでしょう。教室の中には他にもたくさんの人がいたのに。
どうして私と、佐々木さんなんでしょう。
私は佐々木さんとほとんど口を聞いた事がありません。佐々木さんは友達もいなくて余り喋らなくて、いつも一人で本を読んでいるか、ぼおっとどこかを眺めています。窓の外や誰かの脚や、壁や黒板や天井を。睨みつけているときもあります。暗い感じです。
そこは、野原の真ん中でした。シロツメクサとタンポポとレンゲと。白と黄色と濃いピンク。そしてたくさんの緑。
どこか懐かしいような、広い広い野原の真ん中に私たちは立っていました。
私と、佐々木さんと、白い髪の太った男と。そして男と同じように白い髪をした数人の男たちが私たち二人を囲んで円になっていました。
「何?」
後ろから低い不機嫌そうな声が聞こえて、それは私が初めて間近で聞いた佐々木さんの声でした。
太った男は佐々木さんを見て、
「死にたいか?」
と、言いました。死にたいか、と同時に私たちを囲む男たちは円の中心に向けて一斉に銃を構えたのです。
一瞬唖然として、それから佐々木さんと私は慌てて首を横に振りました。
ふむ、と男は頷いてそれからまるでラジオ体操のように明るい声を張り上げました。
「左手を胸にっ!」
腕を大っきく上げてぇ!
「右手を上げて足を開き!」
背伸びの運動!
「さあっ語れっ!」
さんっはいっ!
……
は?
私は左手の手のひらを胸に当てて右手を真っ直ぐ上げた馬鹿な格好で立ちつくしました。
どうしていいか分からなくてでも死ぬのが怖くて。どうしようどうしようと考えて泣きそうになりました。
ずいぶんと長い間静寂が続いたようで、でも本当は一瞬のことだったのかもしれません。
「――誓います!」
佐々木さんが、語りだしたのです。
唐突に、朗々と。
「母なる大地に、父なる天に誓います。真実のみを語ることを。僕が偽りを口にしたならどうぞ雷を落としこの身を焼き尽くして下さい」
……僕?
「僕は、神に誓って、あのような罪を犯したりなどしていません」
彼女は、目に見えぬ相手に向かい、「僕」は無実であると訴えだしました。
「僕は潔白です」
それは、無実の罪に問われた一人の青年の物語でした。彼は切々と己の潔白を訴え続けますがある重要な一点に関しては決して口を開きません。そのために村人たちは(村、らしいです)彼への疑いを消し去る事が出来ません。
青年は真犯人である一人の牧師をかばっているのです。彼は牧師に多大な恩を感じています。例えその人が罪を犯したとしても感謝の気持ちが消えることはありません。
村人がいなくなった後も青年は、佐々木さんは、一人、牧師への恩義と正義感の間で板挟みになる苦悩を語り続けます。その牧師は彼にとってとてもとても大切な存在で、牧師のためなら死んでも良いとさえ思っているのです。
なんだ、ホモかよ。 と、私は思いましたが青年の独白はまだ続きます。
「けれども、僕は彼女を裏切ることは出来ない。僕の無実を信じると、いつまでも待つと言ってくれた彼女を裏切ることなど」
彼にはちゃんと恋人がいました。赤毛の可憐な村娘です。
「ああ、どうすれば良いのだろう!僕が罪を被ればそれで全ては丸く収まると言うのに。そうすればあの人は平穏無事に暮らせるのに」
佐々木さんは語り続けました。
大したことのない話でした。
けれど男たちは気に入ったようで、いつの間にか草原に腰を下ろし目を瞑って聞き入っていました。
私はその隙を見て逃げ出しました。
昼休み、運悪く彼女とトイレで二人きりになってしまった私はなるべく目を合わせないようにしていました。
あの後、風邪で三日間学校を休んだ佐々木さんは今日もいつもどおり一人本を読んでいました。
目を逸らしたまま手を洗いトイレを出ようとしたのですが、ドアを開けようとしたところでハンカチを落としてしまったのです。
佐々木さんは黙って私のハンカチを拾い手渡してくれます。
「はい」
「あ、ありがと」
そのまま教室に戻ろうとしたのですが、彼女の顔が、話を聞いて欲しそうに見えて私は渋々口を開きました。
「あの、どうだった?」
「うん?疲れたよ。喉が痛くなった」
彼女は嬉しそうに笑ってから何でもないように言いました。
それから小さな声で将来作家になりたいのだと教えてくれました。
私は「なれるといいね」と答えてトイレを出ました。
多分無理だろうと思いました。
終