『馬鹿二人がいちゃつくだけの話』シリーズ。オムライスの続きです
035:髪の長い女
私たちは千羽鶴を折っている。
良く分らないけれど難しい、でも県庁所在地の病院で手術すれば確実に治るという病気で入院している藤井さんのために折っている。
教室の隅で、折紙が入った段ボールと、出来上がった鶴の入った段ボールを囲み床に座り込む。
床の上に広がったプリーツスカートは楽しい。本当は、まあるく全部広げて見たいけど、そうすると、パンツ、もしくは素肌が床にべったり触れて汚い、っていうか冷たいので、適当に折り込んで脚に挟んで座る。
くしゃってなって折れ曲がって、なんだか込み入った影を作るプリーツスカートは楽しい。
「あ、さやか黒よけて」
赤い鶴を一羽折りあげて次は黒い折り紙に手を伸ばした私に佐藤さんが首を振る。
「ああ?」
「黒はダメでしょ」
「ああ、そんなもんか。黒だけ?灰色とかも?」
「黒だけ、後は明るい色と並べれば。まあ、藤さん気にしなさそうだけど」
藤井さんは、常にメイクばっちりの、つまり派手めなグループの子なので、私はあんまり話したことがない。
でも、まあ、戦っている訳でもなんでもないので鶴を折る。
きらきらの金色の折り紙をひらひらさせながら、佐藤さんがにやりとした。
「そう言えば見たよ、あれ」
「あれって何さ?」
「斎藤さんとミレスで修羅場ってたんだって?友達がバイトしてんの」
「あー、きっちりポニーか。うん。愛し合ってるから」
私も段ボールをかき回して金色をゲットする。
「うわ、キモ!キショ!」
わざとらしく大声を上げた佐藤さんが折紙を握りしめる。
「オムライスおいしかったよー。魚介ごろごろで、それより金色シワシワになるよ」
「わ!やべえ!」
慌てて床の上で折紙のシワを伸ばそうとする彼女を小突いた。佐藤さんは、ぎゃはは、と笑いながら床に伏せた。
「おおお、ほこりが!あ、でもあそこもうすぐ潰れんだってよ」
「マジで?」
「あれだろ、魚介ごろごろにし過ぎたからだろ」
「それありえるわ」
「お前らの会話脈絡ねーよ」
床に伏せたままの佐藤さんを引き起こしながら、松浦さんが顔をしかめて首を振った。

私は、紫青緑黄橙赤の折紙を並べ、後一色何色を入れたらいいんだろう考える。
「虹って、何色入ってたっけ?」
「赤青緑!」
「それ絶対違うから!」
下を向いてにこにこしながら鶴を折っていたみっちゃんがふと顔を上げた。
「斎藤さんって、結構休むよね」
「うん、あれってなんで?」
私も気になっていたことなので逆に尋ねてみる。
「愛し合ってんじゃねえのかよ」
「愛ゆえに聞けないこともあるんだよ」
「いや、もういいから、普通に気持ち悪いから」
「……しゅーきょーだってよ」
「マジで?え?なんで宗教で休むの?ラマダン?護摩行?」
「あそこのうち、集会所なんだって、信者が集まるんだって」
「斎藤さんは、やりたくないんだって。でも大学までのお金出してもらう代わりに高校出るまでは手伝うって約束したんだって」
「あー、なんか言いそうだね」
「そりゃあヘビーだ」
ヘビーだ。
「えー。あたし聞いたのと違うよ」
それまで口を閉ざしていた、と言うか半開きで固まっていたみっちゃんが声を上げる。
「なに、やっぱり断食?」
「じゃなくて、お母さんが癌なんだって」
「癌!」
「んで、入退院繰り返してるから、付添とか、手術とか、準備とか」
「それは、大変だね」
「それはそれで別方向にヘビーだ」
「あ、でも両方だったらもっと悲惨だね」 「うん?」
「癌がきつくて、ついふらふらと宗教に」
「ありえそうでやべーよ」
黒い鶴の羽の先で、自分のおでこをつつきながら、佐藤さんが言う。
「……ちょっと、うちら失礼すぎじゃね」
「うん」
無責任に人の不幸を噂するのはそれは楽しい、楽しいけれど、私たちはそこに少々の罪悪感を抱く程度には小心者だ。
そして、それが斎藤の話でも楽しめてしまう私の『好き』は本物じゃないのかもしれない。

本物じゃないのかもしれない。
口の中でその言葉を転がして、あんまりおかしくて私はついぶっと吹き出した。
本物、とか面白過ぎる。
「ちょっと!怖!突然笑わないでよ!」
佐藤さんが真っ黒い鶴で私のおでこをはたく。
「ああ、ごめ、思い出し」
「えろー」
みっちゃんは私のほっぺを軽くつねる。
そのまま私たちは声を出して笑い合い、チャイムが鳴ったので解散した。

教室二つとトイレの前を通り過ぎた階段の前で、斎藤が待っていた。
「よっ!」
片手をあげると斎藤は笑う。
「よって、なんだそりゃ」
嬉しくなって私はかばんを振りまわす。
「挨拶?あー、斎藤まだお金渡してないでしょ?佐藤さんが火曜日までって」
「ああ。三百円だっけ?結局何買うの?」
「花と帽子だって。手術ん時髪全部剃るらしいから」
「大変だね」
「ねえ。藤さん、サラサラロングだったのにね」

「あの、さ、聞こえたから、それで言っておかなきゃと思って」
斎藤が、一段ずつ階段を下りる。踊り場には、夕日が差し込んで、きらきら光る埃が何かとてもきれいなものに見える。
「……響いてた?」
「佐藤さんの笑い声がすごくて。うちやばい宗教じゃないし、私も親もガンじゃないよ」
何故だか誰も通らなくて、階段は静かで、斎藤の足音が響く。
沈む太陽に照らされて、天井から床に向かって落ちて行く細かな塵がきらきらと光る。
「ごめん」
一階まで下りてから、私は勢いよく頭を下げた。
斎藤に嫌われたくないから。それだけで。
いいよ、全然。大人に笑って斎藤は首を横に振る。
「でも、ね、良くない人たちと付き合ってる」
「付き合ってる」
私は繰り返した。
「や、付き合うってそう言うんじゃなくって!」
慌てて手振る斎藤を見ながら、私は「よくないひとたち」というフレーズにうっとりした。なんだか昔の小説みたいだ。
「うん。……それで、それって悪い人たちって言うんじゃないの?」
「どうだろうね」
斎藤は困った顔で唇の良端を上げて、私の手をぎゅうと握った。
斎藤の手が温かくて柔らかくて、それだけで私は幸せになれた。