研究紹介

「硯」
古くは、「墨(すみ)すり」が訛って「すずり」になったと言われています。
「硯」という字は、「研」と書いていました。墨を研(こ)するの意であります。
「硯」が墨を磨る器である以上、墨と共に発達してきたのは当然でありますが、
初めは瓦の破片を用いて使用していたようです。
「硯」となる材料は、瓦、陶器、石、銅、鉄、竹、木、玉など様々でありますが、一番良質なものは
水成岩である粘板岩であります。
石硯が現在のような形となったのは、中国の六朝時代と言われています。
正倉院に聖武天皇御所用の青斑石硯が現存していますが、これが伝来の最古の
石硯と言われています。
名硯の条件

@墨をすることが目的なので「磨墨(まぼく)」と「溌墨(はつぼく)」の良い材質であることです。
「磨墨」とは、ただ早く墨が磨れることではなくて、墨が硯にシットリと滑らかに吸い付くように
気持ちよく磨れることです。「溌墨」とは、墨色が美しく出ることです。
「鋒鋩(ほうぼう)」がしっかりして強いことです。弱いと石の表面がツルツル摩滅して磨墨しなくなります。
A材質に美しさ、品位があることです。(色彩、紋彩、形状)
※紋彩とは、硯を水に浸したり、日光にかざしたりして見る時に現れる様々な模様であります。
この紋彩によってその石の特徴を知り、品等を分け、産地を識別することができるのです。
この紋彩が最も美しく、しかも顕著に見られるのが、端渓水巌(たんけいすいがん)であります。
「眼」と呼ばれるのも一種の紋彩である。昔から美しい「眼」は珍重されています。
B彫刻に優れていることです。
中国の唐代から宋にかけて、以上を兼ね備えた4大名硯と言われる「硯」があります。
1.桃河緑石(とうかりょくせき) 写真 @
※陜西省(せんせいしょう)?河(とうか)附近から産出したものですが、宋代以後産出していません。
やや黄みの強い深みのある緑色で、愛硯家の間では端渓以上に珍重されています。宋端渓に
匹敵する磨墨と溌墨でありますが、稀品であります。
@随形凧式溜博硯

緑に黄みがかった色彩で、玉の肌触りを感ずる名硯であります。
2.端渓(たんけい)  写真A〜C
※硯石の中では、帝王と言われ、広東省斧柯山(ふかざん)の端渓という地から産しています。
唐代から知られ、宋代には名石を多く産し、宋端渓の名「宋坑」を謳われています。
色彩には、蒼色、紫色、猪肝色(赤黒色)などがあり、明代以後に開坑したものを「老坑」または「明坑」
水巌と称し、「大西洞」「小西洞」「正洞」「東洞」「水帰洞」などがあります。清代末年以後開坑したものは「新坑」
でありますが「端渓」として現在市販されています。
A龍池梅花硯  (眼入り)
素晴しいの一語に尽きます。端渓大西洞水巌(たんけいたいせいどうすいがん)のすべてをそなえた名硯です。
特に、緑、碧、黄の層をなした瞳のある「眼」を持ち、絶妙の名硯と言えます。
B蘭亭硯 (馬肝色)


曲水の宴の情景彫刻がすばらしいです。
C十八羅漢図硯
3.歙州(きゅうじゅう)写真 D〜E
※「端、歙」と並び称された名石で、安徽省の竜尾山附近から産出しています。種類は真黒の「竜尾石」と蒼黒の
「羅紋石」「眉子石」などがあり、美しい青みをおびた「青琅?(せいろうかん)」と呼ばれるものは最も珍重されています。
「羅紋」は、歙州石の特徴の一つで、石面に細かいシワのような線が無数に見え、織物の「羅」の模様であります。
形、色、光沢などにより「細羅紋」「角浪羅紋」「金花羅紋」などがあります。「金星」「銀星」も見られます。金色、銀色に
光る小点で、時には満面金星のものもあります。
D月池硯

E金星長方硯(金星入り)
4.澄泥 (ちょうでい) 写真 F

※天然の石材ではなく、細泥を精選して形を作り陶磁器のように焼いたものと言われています。しかし「澄泥」として伝わっているものの中には天然の石にしか見えないものもあります。彫刻の美しいものは少ないですが、溌墨は極めて優れています。

和硯について入手可能なものには
玄昌石(蒼黒色)宮城県雄勝雨畑石(蒼黒色)山梨県雨畑
赤間石(赤紫色)山口県赤間関高島石(淡黒色)滋賀県高島郡
正法寺石(赤紫色)岩手県黒石村竜渓石(蒼黒色)長野県高遠
若田石(灰黒色)対馬那智石(黒色)和歌山県那智
金鳳石(灰黒色)愛知県鳳来寺山清滝石(黒色)京都府高尾山
大子石(黒色)茨城県袋田若王子石(黒色白紋)京都府石王子
などがありますが、現在、盛んに採掘しているのは玄昌石だけで、和硯の95%を占めています。
古いものには相当の佳石、美石もありますが「端渓、歙州」などの名品とは比較になりません。
「硯」のお手入れ「硯」は、清浄を尊ぶもので使用後は、水で洗うのが一番良いです。
日々愛玩して次第に古色を帯びてくるのは大いに良いことでありますが、墨のカスが
こびり付いてしまうのは最悪であります。
墨を拭い取るには、画仙紙の反故紙を用いるのが良いです。
また、墨の中には多少の脂気があるので、長年使っていると硯面が油で覆われて、磨墨の妙が
なくなります。その場合は、白色軟質の砥石片で墨を磨るようにして硯面を軽く研磨すると良くなります。