最後に私の好きな詩たちをご紹介します

     船形の海



わがひとに与ふる哀歌

伊東静雄


太陽は美しく輝き
あるひは 太陽の美しく輝くことを希ひ
手をかたくくみあはせ
しずかに私たちは歩いて行つた
かく誘ふものも何であろうとも
私たちの内の
誘わるる清らかさを私は信ずる
無縁のひとはたとへ
島々は恒に変らず鳴き
草木の呟きは時をわかたずとするとも
いま私たちは聴く
私たちの意思の姿勢で
それらの無辺な広大の讃歌を
あ丶わがひと
輝くこの日光の中に忍び込んでゐる
音なき空虚を
歴然と見わくる目の発明の
何にならう
如かない 人気ない山に上り
切に希はれた太陽をして
殆ど死した湖の一面に遍照さするのに





なんという硬質のリリシズムなのだろう
伊東静雄は地方の教師をしながら、詩作をしていた
萩原朔太郎に絶賛されていた「コギト」の詩人。
ストイックなまでに己に厳しい詩に
何故か惹かれる
(道造さんより8歳年上)





   船形

初恋

島崎藤村


まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり

わがこころなきためいきの
その髪の毛にかかるとき
たのしき恋の盃を
君が情けに酌みしかな

林檎畠の樹の下に
おのずからなる細道は
誰が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ






この詩を初めて知ったのはいつだろう?
国語の教科書だったろうか、そんな気がする。
文語体の格調高さと、ちょっとレトロな初恋の初々しさはいつも変らない。
「初戀」といったら、島崎藤村か、ツルゲーネフか・・・・・
大好きな詩のひとつ



   海へ


あどけない話

高村光太郎

智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切っても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながらいふ。
阿多多羅山の上に
毎日でてゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。





レモン哀歌


そんなにもあなたはレモンを待ってゐた
かなしく白くあかるい死の床で
わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山嶺でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関はそれなり止まった
写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう




有名な『智恵子抄』から

この『あどけない話』も『初恋』も歌謡曲になっていてよく聴いた。
高校の時だったか、冬休みに昼ドラで、木村功・佐藤オリエがやっていて
すごくよかった。文学的で適役だった。
木村功は大好きで・・・・

でも、私の父とおない年と知って愕然とした。
だって、せいぜい十歳くらいは上だろうとは思っていたけれど、
父親と同じだなんて、ショックだった。
でも、今でも大好き。

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