スプーン一杯分の黄色と甘露と
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「…………なぁ、斎原…。やっぱさあ、アンタ、可笑しくない? 深夜に飲んでない?」
「……………」
翌日見事に復活した類家は、朝食の時に斎原に何かしらの礼を言おうと考えていた。
が、朝食を作る為に入った台所で目にした物に、類家の脳から『御礼』と言う発想は吹き飛んだ。
冷蔵庫からは袋で買って来た筈のレモンが丸々消えており、ほぼ新品だった大瓶の蜂蜜は三分の一以上減っていたお陰で。
自分の知らない所で物が減っていた事に対してでも、金銭的な面でのショックでもない。
そんな事は文字通り今更で、全く意味を成さないからだ。
ショックの一番の理由は、記憶と現実の落差。
熱で惚けていた記憶を手繰り寄せても、自分が飲んだのはマグカップ一杯分の量しか思い出せず、そのギャップに怒りを抜かしてただ混乱する。
「絶対飲んでるだろ…………つーか、絶対飲んだだろ…」
ぶつくさ言いながら淹れたコーヒーを自分のカップへと注げば、脇に立つ斎原がもう一つのカップを指し示した。
「………。ハイハイ…」
拒否をした所で自分の飲む分が奪われるだけなので、抵抗も無駄とばかりに類家は示されたカップへコーヒーを注ぐ。
自分の分が用意された事に満足したのか、斎原の細められた瞳の目尻が僅かに緩んだように見えた。
その様子にこれ以上文句を並べても暖簾に腕押しな事を悟り、類家は追求する事を諦め溜息を吐いた。
あくまで諦めただけであって、許した訳ではないが。
「いったい、どんだけ飲んだんだよ…」
「……………」
事情聴取とばかりに半眼で睨み付けてみるが、斎原はそ知らぬ風に顔を背けて無表情にコーヒーを啜っている。
ダンマリを決め込む斎原に、類家はまた一つ溜息を吐いた。
類家は知らない。
始めは小さい鍋で作られていたソレが、何度も試行錯誤を重ねる内に大鍋一杯になってしまった事を。
あまりの量に飽きながらも捨てる気になれず、斎原が一人で消化した事も。
そして口直しのコーヒーを勝手に飲まず、類家が淹れるまで待っていた事も。
自分が意外と大切にされている事も、類家は知らない。
ただその時飲んだ飲み物が、とても温かかった事だけ知っている。
【END】
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マエ / アトガキ
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ショコ / イリグチ