Treatis 論考 

    (45)麻雀ジャーゴン試論(後編)


3. 文法
3.1 形態論
 新漢語と漢語の形態素の多くが拘束形式である。特に新漢語の形態素は数を表はす「一〔イー〕、二 〔リャン〕、三〔サン〕、四〔スー〕」など、使用者にも形態素意識がたしかなものであつても単独での使用が困難なものが多い。これらは次のやうな語彙の要素として使はれる。
(19) 字一色ツーイーソー〕、二盃口〔リャンペーコー〕、三暗刻〔サンアンコー〕
   小四喜〔ショースーシー〕、一四七〔イースーチー〕、二五八〔リャンウーパー〕
 上の漢語・新漢語に見られる拘束語根のほか、名詞語根、動詞語根を用ゐたさまざまなタイプの複合が行はれる。つぎのやうに語種の組み合はせも多種多様である。
(20) あたり牌、積み棒、捨て牌、リーチ棒、ドラ一〔いち〕、ドラ二〔に〕、槓〔カンドラ、
    二抜け〔にぬけ〕、裏ドラ、裏筋〔うらすじ〕、あたり筋〔すじ〕、形式聴牌〔テンパイ〕
   先づけ、ベタおり、シャボ受け、単騎待ち、振り込む、食ひ変へ〔くいかえ〕
   上家〔かみチャ〕、下家〔しもチャ〕、親決め〔おやぎめ〕、-返し〔がえ、自摸切り〔ツモぎり〕
 上の例は連濁や語形など通常の日本語に比べ特別なところはないが、少々特殊な複合形式に「通らばリーチ」 「のみ手」など連用形以外の動詞語形や助詞が構成要素となるものがある。また新漢語「ツモ」が連濁を起こすのは広義の外来語としては少々異例である。「ツモ」は音節・フットの構成が新漢語らしくないため新漢語扱ひされてゐないのかもしれない。
(21) 無駄自摸〔ヅモ〕、リー自摸ヅモ〕、平自摸〔ピンヅモ〕
 その「ツモ」を含めていくつかの語彙に「-る」付加による動詞化が起こつてゐる。「-る」付加の直前の音節は特殊拍や二重母音が避けられ短・単母音化する。(cf. 「コピる」)
(22) 自摸〔ツモ〕る、うらめる、直〔ちょく〕る、あんこ(暗刻〔アンコー〕)る、
    かんつ(槓子〔カンツ〕)る、テンパ(聴牌〔テンパイ〕)る、ハコる
 不規則な言ひ換へ語形成、不規則な短縮に つぎのやうなものがある。
(23) a. リチコ ← リーチ、イソコ ← イーソー、イシャテン ← イーシャンテン
    b. チットイ ← チートイツ、シャボ ← シャンポン
 不規則な濁音化、促音挿入、撥音挿入、短母音化や撥音脱落が起こり形成されたものがあるが、その多くが点数申告に関るものである。
(24) a. ザンク (3900点)、ザンニ(3200点)
    b. リッソク(立即)、チットイ(七対子)、ニック(2900点)、ゴッパ(ー)(5800点)
     チッチ(7700点)、オヤッパネ(親跳ね)、オヤッカブリ(親かぶり)、ゴットー(500点・1000点)
    c. インパチ(18000点)、ゴンニー(5200点)、ニンロク(2600点)、クンロク(9600点)
     テツマン(徹夜麻雀)
    d. あんこる(アンコー)、イシャテン(イーシャンテン)
 短縮により非常に多くの同義語ができてゐる。楳垣(1956: 486)によれば「音を省略」することや「音を逆に」することは「隠語を作る場合の代表的な手段である」。麻雀ジャーゴンにおける短縮の多用は隠語的な特徴とも言へるだらうか。隠語の短縮は「元の形が想像できなくなってしまう」(楳垣 ibid.)効果と関聯付けられるのに対し、麻雀ジャーゴンはそのやうな効果が期待されてゐる可能性が低い。「テンゴ」(27b)などの賭博関聯語彙は該当するかもしれないが、このやうな上下略の短縮は楳垣によれば隠語に少ないといふ。
 以下は(25)a.下略語、b.上略語、(26)a.複合語前部要素下略、b. 後部要素下略、(27)a.複合語短縮、b. 上下略語、(28)分類不詳の例で、(29)は短縮起源だがもとの形があまり?ほとんど使はれないものである。(29)のやうな例でもさまざまな短縮タイプが見られる。
(25) a. うら ← 裏ドラ、あか ← 赤ドラ、イーペー ← イーペーコー、
     タンヤオ ← 断幺九〔タンヤオチュー〕、メンゼン ← メンゼンチン、
     チートイ ← チートイツ、リンシャン ← リンシャンカイホー、
     こくし ← 国士無双、チューレン ← 九蓮宝灯〔チューレンポーとー〕
     通らば〔とーらば〕←通らば立直〔とーらばリーチ
     追つかけ〔おっかけ〕 ←追つかけ立直〔おっかけリーチ〕
     リャンシ/リャンしば ← リャンファンしばり、バギ ← 場決め
    b. はる ← テンパる (「張る」は宛て字で「テンパる」の短縮和語化ではないか)
(26) a. アンパイ←安全牌、ダブロン←ダブル栄、トリロン←トリプル栄、
     リー棒 ← リーチ棒
    b. 即リー ← 即リーチ、赤ウー ← 赤五筒ウーピン〕/赤五万〔ウーワン〕
       
/赤五索〔ウーソー〕、ノーテン ← ノー聴牌
(27) a. 三麻 ←三人麻雀、リーピン ← リーチ平和〔ピンフ〕、リータン ← リーチタンヤオ、
     一通 ← 一気通貫、メンホン ← 門前混一色〔メンゼンホンイーソー〕、メンチン ←
     門前清一色〔メンゼンチンイーソー〕、ながまん ← 流し満貫、けーてん ← 形式聴牌、
     オナテン ← 同じ聴牌
   b. プンリー ← オープンリーチ、らばリー ← 通らばリーチ、テンサン ← 千点三十円、
     テンゴ ← 千点五十円
(28) あつしぼ ← 熱いおしぼり、つめちゃ ← 冷たい(お)茶、
    ツモ ← 門前清自摸和〔メンゼンチンツモホー
(29) チャンタ ← 全帯幺〔チャンタイヤオ〕、ジュンチャン ← 純全帯幺〔ジュンチャンタイヤオ〕
    トイトイ ← 対対和〔トイトイホー〕、タンヤオ ← 断幺九〔タンヤオチュー〕
    オーラス ←オール・ラ スト*14、ラス前 ← ラスト前、ハイテー ← 海底撈月ハイテー
     ラオユエ
、きゅーしゅ ← 九種九牌、ダブトン ← ダブル東、ダブナン←ダブル南、
    ダブシャー ← ダブル西、ダブペー ← ダブル北(cf2..ダブルリーチ)
    ミンコ(ー) ← 明刻子、アンコ(ー) ← 暗刻子、カンウラ ← 槓裏ドラ、だま←黙つて?、
    ダマテン ←「だま」で聴牌、しば棒←柴棒*15
 短縮が起こるかどうかは語彙によつて決まつてゐるが(30a-d)、二モーラ短縮形はあまりできない。例外に後述の複合形式の要素や「ツモ」「ドラ」「ウラ」「だま」などがある。
(30) a. ホンイツ ← 混一色、チンイツ ← 清一色、*ツーイツ ← 字一色、
     *リューイツ ← 緑一色
    b. ショーサン ← 小三元、*ダイサン←大三元
    c. トイトイ ← 対対和、*テン←天和、*チー ←地和、*レン←人和
    d. アンコ(ー) ← 暗刻子、*コー←刻子
 短縮が起こる時、和語は「ながまん、あつしぼ」のやうに形態素が途中で切られることがあるが、漢語も新漢語も短縮により形態素が途中で切られることはまづ無い。
 特殊な複合形式として、つぎのやうな役の複合が一語で表はされることがある。
(31) a. メンタンピン、メンタン、メンピン;タンピン *16
   b. リーヅモ、リーツモ、リー即〔そく〕、リッ即、リーピン;リータンピン、
     リータン*17
   c. 即〔そく〕ヅモ、即〔そくツモ; リー即〔そく〕ツモ*18
   d. ピンヅモ、タンヅモ
 「メン」は「門前清」に由来する短縮形を起源にもつが、拘束形態素としてリーチの意味を持ち、この複合形式の中に現はれる。上の複合役は日本のリーチ麻雀において非常に基本的で複合しやすいものからなり、それが特殊な複合形式となつたものだらう。上記のやうな複合形式をそれぞれメンタンピン複合(31a)、リーヅモ複合(31b)、即ヅモ複合(31c)、ピンヅモ複合(31d)と呼ぶことにする。面白いことにどれも二モーラ 一フットとすると一フットが一翻分の手に該当する。実はフット=翻といふ特徴をもつ形式は上の例だけではない。つぎの重複形式はどれも二翻分の価値をもつ手についての表現であり、二フットをなす。全体が役の名称である場合と重複手の表現である場合が含まれる。重複手には先の例外的一フット短縮が要素として含まれる。
(32) にこにこ、トイトイ; ドラドラ、うらうら、あかあか、おもおも、役役〔やくやく〕
 上記のほか全てのあがりについて加算される二翻(場ゾロ)を「バンバン」あるいは「デンデン」と言ひ やはり二翻二フットである。この「バンバン」について、浅見<点数 05・場ゾロ: 2008> および浅見<(3)満貫八一二(ぱいちにぃ): 2000>には「ちゃかちゃか」「てけてけ」「ベキバキ」「ペキパキ」などの異称が紹介されてゐる。小さな仲間内のことばとして「バッスンバッスン」「ドッシンドッシン」が挙げられてゐるが*19、それ以外は二フットである。また全てが重複の形式を取つてゐる。分節音の音内容よりもフット数、あるいは重複といふ形式自体が重要であるかに見える。
 重複に関してはもう一つ指摘すべきことがある。点数以外の表現でも麻雀ジャーゴンでは通常複数性を示すのではなく全く類像的(iconic)に双数性を示すといふことである(33)。すると上の重複形が二翻を表はすことも偶然とは言ひがたい。
(33) ありあり、かりかり、持ち持ち〔もちもち〕、チョンチョン
 一翻一フット形態素は前述複合形の要素や重複手の要素以外に役牌名(34a)があり、単独で語をなす。二翻以上で一フットはない(34b)やうだが 一翻手二フットの例外(34c)はある。
(34) a. トン、ナン、シャー、ペー、ハク、ハツ、チュン
    b. *チャン、*トイ、*ホン、*コク、*リュー
    c. リーチ、イーペー、イーペーコー、タンヤオチュー、リンシャン、
     ハイテイ、ホーテイ、チャンカン、 カンブリ、バカゼ;ジカゼ、
      ドラ一〔いち〕、うら一〔いち〕*20
 一翻手で二フットの例外にはいくつか特徴がある。一フットの短縮形や別表現が可能なもの(リーチ、場風等)を除くとほとんどがあがる状況に関る役(リンシャン、ハイテイ、ホーテイ、チャンカン、カンブリ)なのである。あがる状況に関らないのに一フットの言ひ換へがないものは「イーペー」とドラ類のみである*21。あがり方関連役とドラ類がジャーゴンの統語法上も特殊な振る舞ひをすることについてはのちに改めて取り上げる。なほ、食ひ下がりで一翻になる役には一フット形式をもつものはない。
 では二翻手で重複形式以外に二フットの例はといふと、やはりたくさんあり、三槓子サンカンツ以外の二翻手は全て二フット形式を(同義語の中に一つは)もつ(35a)。三槓子は滅多に見ることのない手であり、そのための例外ではないか。しかし、三翻以上の手でも二フット表現は多い(35b)といふ問題があるといへばある。
(35) a. ダブリー、プンリー*22 、ダブトン;ダブナン;ダブドラ、チートイ、バカホン、
     サンアン、ショーサン、ホンロー; イッツー、サンシキ、チャンタ*23
    b. 純チャン、ホンイツ; メンホン、チンイツ、国士、スーアン、チューレン、
     ドラ三、ドラ四...
 三翻以上の手の二フット表現については、そもそも短縮で二フット語ができること自体よくあることなのでたまたま起こつたと見て良いのではないか。i )一フット形態素で表現されうる手は一翻手だといふ関係は成り立つし、またii ) 例外三種類があるものの一翻手は一フットで表現しうるといふ関係も成り立つ。更に iii )三槓子を唯一の例外として二翻手は二フットで表現可能なのだから、一、二翻手の翻数と名称フット数に類像的な強い相関があることは事実である。この相関はすなはち麻雀のルールとジャーゴンの文法の相関である。
 一、二翻手は役を申告しながらフットごとに指折り数へれば合計翻数が一目瞭然であり、そのやうな光景はしばしば見られる。リーチ麻雀では翻数合計が点数に最も大きく関る。
*14 「大ラス」といふ表記や語源意識も見られる0「オーラス」語源については論ずる準備がないが、「大ラスト」とは言はないので「オーラス」が(29)のカテゴリーに入ることはたしかである。
*15
*16 「タンピン」はリーチ役を含まない表現で、のちに言及するやうに、他のメンタンピン複合とは異なる振る舞ひを示すことがある。このやうにタイプが若干異なるものをセミコロン(;)で区切って例示する。
*17 リーヅモ複合のうち リータンピンとリータンは使用頻度が落ち、特に「リータンピン」は「素人臭い」言ひ方といふ印象をもつ者があるため、使用が避けられることもある。
*18 「リー即そくツモ」はここに挙げたやうに一アクセント単位で現れる場合もあるが、「リー即・ツモ」(・はアクセント単位の切れ目)のやうにアクセント単位が二つになる方が一般的かもしれない。
*19 「バッスン バッスン、ドッシン ドッシン...(これはさすがに親しい仲間同士のときだったけど(^-^;)」浅見<点数05・場ゾロ:2008>
*20 ドラ類は単独では全て一フット形態素だが、役の申告時は「ドラー」「裏二」のやうに数を添へて言ふか、二つであれば「ドラドラ」などといふことになり、必ずニフットで表現される。
*21 「ィペ」と発音する者がゐるにはゐるが、どれだけ一般的か分からない。
*22 ダブルリーチとオープンリーチは正確にはそのものは一翻手でリーチ一翻を別に勘定するのが正式なやり方だが、役宣言(3.2の統語論で論じる)を行ふ際、「リーチJを添へず「ダブリー」とのみ唱へ 二翻を数へることが多い。つまりこの役宣宮においては事実上 二翻手扱ひされてゐる。
*23 イッツー、サンシキ、チヤンタ、ホンイツ、ジュンチヤンはどれも食ひ下がり役でいっでもニ/三翻手とは言へない。ここでは門前手の翻で分類した。
3.2 統語論
 ジャーゴンに固有の統語論があるとは一般に考へられてゐないであらう。しかし、麻雀ジャーゴンには少なくとも一つ、あるタイプの句を構成する際の、語のならべ方に関する規則があり、これを統語論に関る規則と考へることができる。もつとも内部に構成素構造ももたず(主要部従属部の関係がない)、主部述部の構成をもたず、下位範疇化も照応も関らないとなればほとんどの統語論の専門家の関心領域から外れるかもしれないが、語のならべ方規則であるのには違ひないものである。
 その句とは手役を表現する句(役表現句)であり、名詞句を構成するものと考へられるが、しばしば単独で文となり、あがつた直後、かつあがり点申告直前に行なはれる役宣言となる*24。以下の考察では役表現句は役宣言のための句と考へることでその特徴を説明したい。役宣言はルールによつては規定されてをらず、また役を宣言することはスマートではないと考へたりマナー上積極的に推奨しない向きもあるにも拘らず*25、ひろく行はれてゐる和了者による宣言である。まづ、点数計算につながる表現であるから「*リーヅモ・三色・ツモ」(以下、役表現句の中の語境界を「・」で示す)のやうに役を重複して表現してはならない。あがり役を過不足無く表現することもできるが、「メンタンピン・三色を一発でツモつた」の「メンタンピン・三色」のやうにあがり役を一部省略、一部のみ役表現句に盛り込むこともできる。役宣言において「リーチ」を省略し「一発・ツモ・ドラ1」といふこともある。
 役表現句に見られる複数の役表現の語の羅列は、ならべ方に規則性がある。例へば麻雀ジャーゴン使用者はおそらく次の(36a)は認めても (36b)は表現として認めないであらう。
(36) a. メンピン・一発、メンタン・赤赤、メンピン・一発・ツモ・表裏、リーヅモ・三色、
     リーチ・一発・ダブ東・混一・ドラ三、メンタンピン・三色・ツモ
    b. *ドラ二・三色・平和〔ピンフ〕・一発・メンタン
 このならべ方規則は役の順序ではなく、役表現(言語形式)の順序と捉へなければならない。例へば「メンタンピン・三色・ツモ」と「リーヅモ・タンピン・三色」は同じ役複合を表はす役表現句で、ともに役表現の順序は自然だが、表現された役自体の順序は異なる。結論先取的に自然なならべ方規則の仮説を提示すると以下の通りである*26
(37) a. リーチ関連表現: メンタンピン複合(31a) / リーヅモ複合(31b) / 「リーチ」 /
     「ダブリー」 / 「プンリー」: (「ツモ」)
   b. 一発関連表現: 「一発」 / 即ヅモ複合(31c); (「ツモ」)
   c. あがり状況関連表現: 「搶槓〔チャンカン〕」 / 「リンシャン(←嶺上開花)」、
     「ホーテー(←河底撈魚)」 / 「ハイテー(←海底撈月)」: (「ツモ」)
   d. 一般役表現:その他;:(「ツモ」)
   e. ドラ関連表現:(「ツモ」)

 「リーチ関連表現」にはメンタンピン複合や「リーチ」など、リーチを含む役の表現が来る。「ツモ」と加へても良い。上の順序に加へ、複合役の表現に関する別の制限もある。メンタンピンが揃ふ時、リーチ以外の役を単独の語に作りメンタンピン複合と合はせることは難しく、できたとしてメンタンピン複合以外を先に出すことはできないといふことである。Google*27 で 「メンタンピン」(12400件)に対し「タンヤオ・メンピン」(2件)、「メンピン・タンヤオ」(3件)、「ピンフ・メンタン」(0件)、「メンタン・ピンフ」(0件)、「リーチ・タンピン」(297件)の結果には使用者だれもが納得するのではないか。このうち「ピンフ・メンタン」と「タンヤオ・メンピン」の不自然さのみ、上の役表現の順序の規則で説明できるが、他はメンタンピン複合からの役取り出し制限に関るものと考へられる。「リーチ・タンピン」の容認度が高目なのは、「タンピン」がリーチ役を含まない表現であるから他のメンタンピン複合と異なり複合語から取り出しやすいことを示すかもしれない。
 自摸ツモの位置は複数あり、(37a-e) のどれかの最後に来る*28。一役表現句に一回しか現はれえず、独自のアクセントをもつが、分布は終助詞的と言へ、音韻句を閉ぢる役割もあるやうに思ふ。「ツモ」が(37a)の最後に現はれる明らかな例、つまり「ツモ」が(37b)より前に来ることを示す例は稀であり、(37b, c, d)の最後が一般的であるなど、その位置は決してでたらめではない。例へば「リーチ一発ツモ」と「リーチツモ一発」を検索すると前者は7310件、後者は132件とかなりの差がある。この点は今後の課題である。
 リーチ、一発、あがり状況関連表現(37a-c)は「ツモ」を除けば二フットか三フットの一語のみが入る*29。((37d, e)は複数の語からなる句が入る可能性がある。
 役表現の順序の大枠は、手役の内容のうち公に知られる順序に沿つてをり、類像的だと言ふことができる。まづ、リーチはあがる前に宣言することで役が保証されるため、あがりの前でも「もしあがればリーチ役がつく」ことが明らかであり、リーチ関連表現が最初に来る。その後はあがりの瞬間に手牌に関らず成立する「一発」とあがり状況関連表現が来る。ともに手牌を公開する前に他者に明らかな役であるが、「一発」のみリーチからの巡目が関る。そのあと「一般役」表現、そして役ではないドラ関連表現がしんがりを務める。
 役宣言はA.)あがるための条件(縛り)、すなはち役が成立したことを示すと同時に、B.)点数の根拠を示すといふ二つのはたらきをもつ。義務的な宣言ではなくC.)解説的に他者を説得するものである。そのやうな宣言の目的から、ドラより手役を先に示し、翻=フット対応の形態法で点数との関連を分かりやすく提示、手役が複合的である場合、他者に見えた役の成立・確定の順序に沿つて語がならべられる慣例が生じたものであらう。
「ツモ」は麻雀のルールから言へば「あがり状況関聯表現」に分類されても良ささうなものであり、統語的な特異な振る舞ひを麻雀ルールから説明することは難しい。
 一般役の中での役の順序は大枠の順に比べるとあまり厳密には決まらない。しかし、「トン・ハツ・ホンイツ」「タンピン・サンショク」のやうに、役牌名や「タンピン」などの一フット一翻形態素が入つた語が先に来る傾向が ある。
 形態論で注目したメンタンピン複合、リーヅモ複合が含まれるリーチ関連表現(37a)、即ヅモ複合が含まれる一発関聯表現(37b)、あがり方に関る役(37c)とドラ(37e)、そして「ツモ」が特別の位置を占める。つまり、これらはジャーゴン文法上、形態的のみならず統語的にもそれぞれ類をなし、一般役と異なる振る舞ひを示すと言へる。麻雀のルールでも、役の多くが牌の組み合はせ方に関するものであるのに対し、リーチ、一発、及び他のあがる状況に関する役のみが牌の組み合はせ方を問題にしない役といふ点で特殊である。ドラ類は縛りをクリアするための手役とは看做されず、他役と大きく異なる。麻雀のルールの上で特殊な類がジャーゴン文法の上でも特殊な類をなすといふもう一つの類像的な関係である。
 役宣言において(37)を一通り言ひ終へたら最後に「バンバン」などと場ゾロ関連表現を付け加へても良い。これを(37)の役表現順に組み込めば最後に加へることもできるが、その場合は「ツモ」がそのあとに続けられない唯一のカテゴリーとなる。先に見た役宣言のはたらきからいふと、場ゾロはあがるための条件にならず、また全ての手に無条件に付加される翻数であるから、点数の根拠としても示す必要がない、不要な表現である。優先順位から言つてドラよりあとに来るのはそのためと理解できる。以上で明らかなやうに「バンバン」は役宣言句の実質的な意味を変へることはないが、冗語法的に、手に自信がある、少々大き目の役であるといふニュアンスを加へ、若干挑戦的とも言へる表現を作る*30 。そのため「メンタンピン・ドラドラ・バンバン」は自然な表現だが「リーのみ・バンバン」は少し滑稽な印象を与へる。「バンバン」は次のやうな表現の中でも不自然であることから、役宣言の文に固有の、挑戦的態度を示す文末表現とここでは捉へる。
(38) ??さつきメンタンピン・ドラドラ・バンバンをあがり損ねた
4. 結論
 麻雀ジャーゴンは、その語彙から、「メンツ(が揃ふ)、連チャン、リーチ(がかかる=あと一歩の状態にせまる)、安全牌(=あまり役に立たぬが危機管理上保持するもの/人)、テンパる(=最終局面などで心に余裕がなくパニック状態になる)」など一般語彙に進出したものもあり、日本でそれなりの地位をもつたジャーゴンだと考へられる。その麻雀ジャーゴンの特徴を考察したところ、新漢語が多い、外来語が少ないことのほか、つぎのことが分かつた。
(39) a. 短縮の多用(隠語/集団語的?)
    b. 短縮を除くと同義語は少ない(非隠語/集団語的
    c. ルールの根幹に関る公式用語に同音意義がほぼない(術語的)
     d. 名詞-ルによる動詞化がある(隠語/集団語的?)
     e. 重複は複数性ではなく双数性に関る(超類像的)
     f. 限られた範囲ながらジャーゴン特有の統語法を認めることができる
     g. 「ツモ」は非新漢語的、役宣言においては終助詞的か
     h. 牌活字や「発」「万」表記などの表記の存在(類像的)
     i. 麻雀のルールが文法にも関る(類像的)
 リーチ麻雀の特徴がことばの在り方にも影響を及ぼすのはつぎの点においてである。

40) a. 発声は二モーラ(ポン、チー、カン、ロン、ツモ; 例外: リーチ)
     b. 翻数が重要な日本リーチ麻雀の特徴(一フット一翻)
      c. リーチ、一発、あがり状況関聯役、ツモは特別な役、
    ドラは特別な手
(形態統語的類)牌の組み合はせによる役が通常の手
      d. 門前有利、順子系役多くメンタンピンツモが基本役(メンタンピン/リーヅモ複合)
      e. 他者から見た役成立の順序がシンタクスに関聯(類像性)
      f. 役表現句において同一役を重複して表現できない(翻数計算とのリンク)
      g. バンバンは冗語法

 残された課題も多い。統語法はデータの例示が足りないし、役宣言における「ツモ」の性格や、麻雀賭博に関する分野の語彙と反社会的集団の隠語との関聯は更に検討が必要である。「打七筒」の例に見られるやうな、主に文字言語に見られるジャーゴン文法や麻雀仲間の内輪ことばにも言及できなかつた。

 麻雀ジャーゴンの特徴を見るに、ジャーゴン文法不在は主張しづらい。また同義語について、言語外要因の言語への影響について、さらにはジャーゴンの機能について(集団/団結志向性、隠匿志向性など)も、これまでのジャーゴン研究でなされた特徴付けでは捉へきれない部分をもつてゐるやうだ。異体字、牌活字、重複の機能、翻=フット対応や役宣言順に見られる類像志向も付け加へるべきジャーゴン特徴と言へるのではなからうか。類像志向は、例へばインターネットや携帯メールジャーゴンに見られる表記である顔文字、AA、ギャル文字、クサチュー語などの特徴にも関るだらう。また、麻雀ジャーゴンと同様、多くのジャーゴンが位相語的-術語的な側面を合はせ持つのではないか。例へばコンピュータジャーゴン語彙と考へられる「デフォルト」はコンピュータ以外の話題でも使用される。

*24 役表現が文をなし役宣言となる時は「この手は〜〜です」の意で用ゐられてゐると思はれる。
*25 井出(2007)の「麻雀・用語集」は役表現句に典型的に、かつ頻繁に現はれる「メンタンピン」について間違いやすいいのであまり使わないほうが良い」といふ。
*26 メンタンピン複合のうち「タンピン」、及びピンヅモ複合はともにリーチ関連表現ではないためく37a)の位置に来ず、(37d)に来るやうだ。(37d)の中では最初に配置される。全てのパタンを網羅的に検討することはできなかつたので(37)はまだ完全ではなく、これに外れる順序が非文とまで言へない可能性もあるが、多くの自然な役表現句を説明できるものと考へる。なほ、ramdass(2005)も自分の内省を整理したものとして役表現句内の表現順を指摘してゐるが、「ツモ」の位置や複合語につい、ての考察、その他違ひも多い。
*27 Goodle検索果件数は全て2009年缶5月10日現在。またweb検索の常として、意図しない対象が結果にあがることも多いが、検索語を二重引用符で括り、結果の数を示す以上の操作はしてゐない。
*28 「ツモ」がどこにでも入る可能性(例:「ツモ!メンタンピンドラドラ」)を指摘された(小西正人氏私信)が、この例では「ツモ」が役表現句の頭に置かれてゐるのではなく、単独でツモあがり宣言文をなし、あがり役の一部省略(ここではツモあがり宣音直後の役宣言における「ツモ」)がなされた役宣言文が続いたやうに見える。省略なしにあがり宣言文+役宣言文を考へると「ツモ!ツモ・メンタンピン・ドラドラ!」「ツモ!メンタンピン・ツモ・ドラドラ!」となる。前者はやはり不自然ではないか.
*29 (37d)ではニフット短縮形を普通用ゐる。
*30 場ゾの習慣が一般的でなかつた時代には場ゾロ関連表現は実質的な意味をもってゐたであらう。

参考文献、ウェブサイト

Ito, Junko and Armin Mester (2003) Japanese Morphophonemics: Markedness and Word Structure, MIT Pres
井出洋介監修(2007)『東大式麻雀入門』池田書店
・楳垣実編(1956)『隠語辞典』東京堂
柴田武(1956)「集団生活が生むことば」石墨修・泉井久之助・金田一春彦・柴田武編
『ことばの講座第
5 現代社会とことば』東京創元社
宮島達夫(1980)「専門語研究の視点」『言語』4月号 (『語彙論研究』むぎ書房19943
  p73-92
に所収)
米川明彦編(2000)『集団語辞典』東京堂出版
 ramdass (2005)  http://q.hatena.ne.jp/1123828664 の回答の一
浅見了「麻雀祭都」 http://www9.plala.or.jp/majan/index.html
こんちゃん「麻雀国語辞典」 http://www.geocities.jp/konchan_page/dic.htm
「雀のお宿」「辞林」 http://www.hakata21.com/suzume/3jiri/index.html
日本プロ麻雀協会(2008)『日本プロ麻雀協会 競技規定』
http://www.npm2001.com/pdf/npm_kitei.pd
ひいいの麻雀研究 http://www.ix3.jp/hiii/

以前へ  以降へ  目次へ