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     (49)オカルトBOMB


先日の某スポーツ紙。

一萬二萬五萬五萬二筒二筒二筒六筒六筒七筒八索九索九索 ツモ五萬 ドラ七索

 一般的には まぁ二萬 切り、じっさい回答も二萬 切りだった。意見が一致してメデタシメデタシではあるけれど、問題はその解説....

 「狙いは三暗刻、なりゆきによっては四暗刻も。ドラ七索 なので、一萬二萬 の辺張を二萬 からキラってゆく」くらいならいいけれど、「見事に場を読み切った打ち手の例です。彼はペン三萬 に縁なしと見切り、打二萬それが大好手二萬ハネ満の山越しとなり、彼は六筒 ツモなどで、三暗刻 ドラ1をツモアガッた」。たった数行の解説で、これほどオカルトと結果論がぎっしりなのは初めてみた。

 「二萬 がハネ満の山越しとなり(1手違いでハネ満への放銃を免れた)」、それで「三暗刻 ドラ1をツモアガリできた」、したがって(あの時点で二萬 切りとしたのは)“大好手”と云うわけだけど、どう考えても結果論。

 仮にこのとき二萬で放銃しなくても、次に一萬 を切ったらイマテンの役満に突き刺さることだってある。そしたら「しまった、一萬 を先切りしておけばよかった。二萬先切りは大不正解」とでも云うんかいな。

 「ここで何切る」は、「この瞬間、何を打牌とするのがベスト(あるいはベター)」というクイズ。実戦例を問題とするのは構わないが、その選択が「実戦では放銃につながった= 不正解」、「実戦では高めをツモアガリした=大正解」ということではない。

 ましてや「見事に場を読み切った」とか、「ペン三萬に縁なしと見切り」などと云うのは、まるでこれからのツモ牌や相手の手牌が丸見えになっているかのオカルト論。たまたま彼が三萬を引かなかった、たまたま彼が狙いめのアガリをゲットしたから云える話。

 もし二萬を切る段階で、本当に「(彼は)ペン三萬に縁なしと見切っていた」、「(彼は)(の流れを)読み切っていた」と云うならお願いがある。次の機会の何かを切る前、「この局、三萬 に縁はないので引く事はない」とか、「この局は六筒 で三暗刻をツモアガリする」とかコメントしてくれるように頼んでくれないか。そしたら信用する....

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