麻雀は20世紀に入って世界的に普及した。その当時の中国書で、今日我々が知ることができるのは僅か10冊余である。これは当時の中国において麻雀というゲームが囲碁や象棋ほどの存在感を持っていなかったのでおのずから出版点数も少なく、それが時日の経過の中で散逸したためである。
そのわずかな中国文献の中で最初に挙げられるのは、海上老游客という筆名(ペンネーム)による「麻雀撲克秘訣」である。これは民国9(1920)年5月※1、上海世界書局から出版された30頁ほどの薄い書物で、麻雀とポーカーの戦術書である※2。
※1当時、中国大陸は中華民国の時代であった。そこで当時の書籍の出版年は、すべて中華民国を略して「民国○年」と表記されている。
※2日本ではカードのことをトランプと称するが、中国ではポーカーと称するほど人気のあるゲーム。
麻雀の項は「麻雀門径」という戦術論、そして「麻雀防弊法」というイカサマ防止法から成り立っている。「麻雀門径」は今日でも中国の戦術論を述べるときに必ず言及されるほど有名であるが、その戦術論は全体的に「毎回アガリを目指してはいけない」とか「好調な者の捨て牌をチーポンしてツキを自分に持ってくる」というような心理的な叙述が中心である。
これは当時のルールがごくシンプルで、「相手の手を読む」とか「いかに役作りするか」などという点に重きをおく必要がなかった為である。またイカサマ防止法にかなりのスペースが割かれているのは、もとより中国では麻雀はギャンブルとしての存在であった為である。※3
※3「犯罪学研究」孫雄・著:民国28年(1939年)中華書局刊)」には、麻雀賭博に関する言及がある(第十節・賭博)。
民国8(1919)年に上海群学社より出版された「麻雀指南(西呉老・著)」、また同時期の「麻雀大観」も古典戦術書として今日でも人口に膾炙されている貴重書である。
民国19(1930)年に、前出の「麻雀撲克秘訣」とまったく同じタイトルで、当時には珍しい245頁に達する大部な書籍が上海震華書局から出版されいる。この書籍に麻雀・ポ−カーの他に宣和牌※4のルールが掲載されている。また麻雀部分の「麻雀牌譜」には戦術だけでなくルールも紹介されており、当時のルールを知る上で非常に重要な書籍である。
※4天九牌と同系統にある骨牌ゲームの1種。カードゲームである馬弔とともに麻雀のルーツの一種と推測されている。
この他、当時、「麻雀牌譜(上海遊芸社・求石斎書局:民国14(1925)年)、「麻雀撲克指南(宏文図書館)」、あるいは「麻雀必勝術(中華図書集成公司)」、さらに「麻雀必勝法」「玩牌大鑑」「竹戦指南」「広東麻雀牌譜」などが刊行されたと伝えられるが、詳細は不明である@。
やがて日中戦争、国共内戦等で動乱の時代を迎え、世は麻雀どころではなくなった。また1945年、中華人民共和国が成立した後も賭博禁止令により、麻雀はおのずから控えられた。とはいえ麻雀そのものが厳禁されたのではなった。
しかし1966年に文化大革命※5が始まると、麻雀も退廃的として指弾の対象となった。しかし1976年、文化大革命の終了とともに復活し、1980年代に入ると中国各地で麻雀書が一斉に出版されるようになった。
※5毛沢東の指導の元に中国全土で展開された一大政治闘争。毛沢東の死去とともに終結した。
この時期、出版された麻雀書には、「麻将打法技巧(袁恩祥・四川省新華・1984/08・178P)」、「麻将計番及技巧(王国華編・湖南科学技術出版社・1986/11・87P)」、「麻将牌入門(文華・黒竜江人民出版社・1986/12・47P)」、「麻将技巧(双佳編・上海文化出版社・1987/04・102P)」、「麻将牌打法與技巧(許根儒&称日昇・天津科学技術出版社・1987/01・156P)」、「麻将入門(呉印繞・遼寧科学技術出版社・1987/01)」、「麻将牌遊戯入門(沙舟・河北科学技術出版社・1987/03・169P)」、「麻将技巧(伍識鹿・湖北科学技術出版社・1987/03・82P)」、「麻将速成和全花祥打法(榮恵剣・蜀蓉棋芸出版・1987/05・109P)」、「麻将技巧(梁志升・広東高等教育出版社・1987/05)」、「怎様打麻将(姚揚・陜西科学技術出版社・1987/08・96P)」、「怎様打麻将(呉越・宝文堂書店(北京)・1987/09)」、「新編・麻将絶招(易維・天津読物出版社・1987/12・132P)」、「麻将牌通用手冊(那崇徳・学苑出版社(北京)・1988/11・101P)」、「麻将技巧問答(許申玉・青島出版社1989/06・89P)」などがある。
この時期から出版された書籍は、(1)ゲーム名はすべて「麻将」に統一されている※6。(2)戦術よりもルール解説に重点がおかれている。(3)20世紀前半のルールとは大きく異なっている。(4)牌活字を使用している、等の特徴をもっている。
※6中国では「麻雀」「麻将」両方の名称が用いられていた。これが「麻将」に統一されたのは、「麻雀という名前には賭博のイメージがあるので、それを避けた」と云われる。
数十年の間にルールが変化してゆくのは日本でも同様であるが、そのためにルール解説に重点がおかれるようになったのではなく、各地でてんでんばらばらであったルールが整備されてきたことによると思われる。また牌活字の使用は麻雀文化の定着を示している。
これらの中で、「中国麻将牌打法(買湘&忠源・吉林科学技術出版社・1987/01・224P)」、「中国牌・麻将的打法与技巧(方牧凡石・北京体育学院出版社・1987/05・223P)」、「麻将:入門・実践・争勝法(薛維宗・北京科学技術出版社・1987/05・232P)」などは、ルールだけでなく戦術書としても骨組みがしっかりした好著である。また「麻将牌通用手冊(那崇徳・学苑出版社・988/11・101P)」は大きな牌活字を使用していて分かり易い構成となっている。
1990年代になっても麻雀書は陸続と出版されてゆく。
「麻将探奇(吝士・中山大学出版社・1992/01)」、「麻将一周通(李金・人民体育出版社・1993/06・49P)、「最新麻将取勝技巧大全(張飛・中国人事出版社・1993/10)」、「麻将牌奪魁技巧(朱自欣・海南撮影美術出版・1993/10)」、「麻将精述(連庄・広東人民出版社・1994/12)」、「麻将大全(魯嘉&蒲国強・人民体育出版社・1996/04・258P)」、「麻将実践技巧(張新亭・農村読物出版社・1996/10・116P)」、「麻将秘笈(張徳鵬・山東高校連合出版社・1997)」、「麻将読本(魯嘉・人民体育出版社・1997/01・231P)」
この90年代の書籍の特徴は、「麻将技巧大全(周慶&裴胤臻・黄山書社(安徽省)1993/10・308P)」、同「麻将・高級技巧與破解(周慶&裴胤臻・黄山書社(安徽省)1994/01・302P)」、あるいは「麻将秘訣(沈也・湖南文芸出版社・1991/02・403P)」に代表されるように300頁を越す大部な書籍が登場する事である。
また80年代には入門書と戦術書を兼ねた書籍が多かったが、90年代に入るとそれぞれに専門化した書籍が増えてくる。その中で入門書では「麻将初歩(単信陽・江西人民出版社・1990/ 04・55P)」、「麻将実践範例(蘇克明・蜀蓉棋芸出版(四川省)1995/10・231P)」、「麻将・修養與娯楽(許憲隆・長河文芸出版社・1997/07・286P)」等が分かり易い構成となっている。
戦術書としては「麻将常勝秘訣(赫仁・四川科学技術出版社・1994/11・236P)」、「原則打法及霊活打法(馬浄&王凌&高健中国建材工業出版社・1996/09・218P)」、「麻将玩技(穀飛・中国広播電視出版社・1996/12・352P)」、「最新流行麻将戦術(李志順&王成槐人民体育出版社・1998/10・300P)」などが眼を引く。また「図解・中国麻将経(居士楽編・華齢出版社・1998/05)」は入門編と絶勝編の2冊に分かれるが、それぞれが300頁を越すという力作である。
90年代の中国麻将の最も大きな出来事は、日本麻雀界との交流から生まれた賭けない麻雀、すなわち健康麻将への転換、そして中国政府の全面的バックアップによる全国統一ルールの誕生である。また1996年3月、「麻将運動(盛埼・天津人民出版社・1996/03・151P)」が出版されている。著者の盛埼は統一ルールの作製にも関与した人物で、中国統一ルールの基本を示した好著である。
そして1998年、国家体育総局より統一ルールの規則集である「中国麻将競技賽規則」が出版された。これは中国政府公認といえる規則集で、麻将に対する中国政府の姿勢を示す重要書である。
さらにまた特筆すべきことは、1999年1月、中国全土のアガリ役をほとんど網羅した「麻将学(盛埼・同心出版社・348P)」が出版されたことである。それまで中国麻将では入門書、戦術書が主体で、研究書に類する書籍の姿を見ることはなかった。このような書籍が刊行されたのは、中国の麻将に対する認識の変革を示している。
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