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← 南大門
昭和35年(1960)に天平様式に従い再建されたもので、5間の中央に三つの扉をもち、切妻造である。 |
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| 金堂 |
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正面左側から見た金堂 |
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| 当寺院創建時は小規模ながら金堂があったとされるが、現存のものは鑑真和上没後の宝亀年間(770−781)に弟子如宝により造立された。 奈良時代に建立された寺院金堂として現存しているのはこの堂が唯一のものである。 |
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← 講堂
鑑真和上が唐招提寺を建立にあたり、平城宮朝堂院の東朝集殿を朝廷より払い下げられ、移築改修されたもので、平城宮廷建築物の唯一の遺構として重要な価値があり国宝に指定されている |
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← 鼓堂
金堂と講堂の間の東側に建てられている。元来は鑑真和上が将来した3000粒の舎利を祀る舎利殿であったが、江戸時代から鼓楼と呼ばれるようになったいう。なお、現存のものは、鎌倉時代の仁治元年(1240)に再建された。また、この楼は毎年5月19日鎌倉時代に戒律を復興した覚盛上人の中興忌梵網会(うちわまき会式)が行われ、その際、楼上からハート型のうちわがまかれることで良く知られている。 |
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| 鐘楼 |
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礼堂・東室 |
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| 鼓楼と対をなす建造物である。創建時の建造物はないが、梵鐘は数少ない平安時代初期の作である。(重要文化財) |
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講堂の右にあり、写真の通り南北に長い建築物で、元々は僧坊であったが、前半分を礼堂に改修されている。創建は鎌倉時代の弘安7年(1284)。 |
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| 宝蔵 |
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経蔵 |
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| 宝蔵、経蔵ともに新田部親王邸に元々あったものを利用したもので、建築は唐招提寺が建立された天平宝字3年(759)以前となる。奈良時代校倉造りの典型的なものとして価値が高く国宝に指定されている。 |
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| 鑑真和上御廟 |
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御廟の門をくぐると苔むした庭園がある |
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| 御影堂 |
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戒壇 |
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| 興福寺別当一乗院の宸殿を昭和38年に移築復元された建物。鑑真和上の座像が安置され御影堂と称している。またここには東山魁夷画伯の障壁画あるのでも有名である。 |
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創建時から戒壇院があり鎌倉時代の弘安7年(1284)に再建された説と弘安7年が創建との説がある。東大寺戒壇院と同様に建物があったが現在は戒壇のみが遺構として残っている。 |